カイフクはとても大事だよ
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マヤがメイに、かなりやさしめの音程にて問いかけてきている。
「メイちゃんは、女の子が血を流しているのがカワイイって、そう思うのかなー?」
冗談半分で聞いてみた。マヤは相手がそれとなくはぐらかしたり、あるいは、そうでなければ熱したヤカンのようにいきり立つ姿を勝手に期待していた。
しかしながら、残念なことに、宝石店の店員の期待は魔女に通用しなかった。
「血をながしているすがたを見るのは、とてもくるしいわ」
言葉でこそ、メイはおよそ社会一般、「普通」の枠組みに属するであろう、そんな心配の言葉を唇から紡いでいる。
「だからこそ、私はこうして傷ついたひとに触れているの」
しかしその表情には一切の悲痛さを感じさせない。
笑っている。あざ笑っているのだろうか?
いや、むしろそのぐらいのほうが、そちらのほうが、忌むべき対象として簡単に敵対心を抱くことが出来ただろう。
メイは、齢七歳程度の幼女のような姿をしている彼女は、あくまでも、どこまでも慈愛のあたたかさだけを感じさせる表情を浮かべていた。
「かわいそうに、痛かったわよね?」
まるで転んで怪我をしてしまった愛娘を慈しむかのように、メイはキンシの頬を絹のハンカチーフでやさしく、やさしく、やわらかく撫でている。
メイの手つき、まるでごま豆腐に触れるかのような、繊細な指使い。
愛しの裸体を愛撫するかのように、魔法使いの少女の肌を幼い見た目の魔女の指が這う。
「んるるるる……」
魔女のテクニックに魔法少女が、心地よさそうに喉の奥を鳴らしている。
「いやいやいや、キンシ君、気持ちよさそうにカムってんじゃないよー?」
少女と幼女の密なるやり取りに、マヤは共感性羞恥のような何かしらを覚えてしまっている。
「オレは?! オレの命の安全については?! どうなったカンジー?!」
安易に魔法少女の安否を確認するべきでは無かったのだろうか、マヤは珍しく後悔を胸の内に抱いているらしかった。
「安心」
マヤの鼓膜を青年の短い声が震わせていた。
「え?」
声が聞こえてきた。
しっかりとした発音、掠れ気味だが、それ故に妙に耳の奥、脳の神経に印象強く残る声音。
「安心、安心」
トゥーイは短い単語を何回も繰り返している。
相手に安心感をもたせたがっている。
のは、自分の殺意を相手に見せようとしない、身勝手な理由が主成分となっていた。
「あれー? トゥーイの旦那じゃないか」
曲がりなりにも客商売をしている手前、マヤはそこそこの察しの良さを発揮していた。
「めっずらしーい、生の声で話すなんて、もしかしてーの? オレ、初めて聞いちゃったカンジー?」
目にした、耳にした新しい情報にマヤが強く関心を抱いている。
彼の方こそまさに、たった今命の危機に瀕している事実を忘却してしまっているらしかった。
「…………」
トゥーイはすでに沈黙を取り戻している。
殺意はとりあえずのところ無事に継続されていた。
「…………」
トゥーイが首にかけている指の力をさらに強める。
「う、ぐええ……!」
マヤがいよいよ呼吸機能に障害を来たそうとしていた。
そこへ。
「お待ちなさい!」
トゥーイのうなじに一閃、銀色にきらめく輝きがあてがわれていた。
「そこまでですよ、トゥーイさん……!」
キンシが両手に銀色の槍に類似した武器を構えている。
万年筆のペン先に似た刃が、雨を受け止めてキラキラと輝いている。
魔法使いの青年がマヤに向けた殺意と同等に、キンシは銀の刃に理性的抑制力を籠めていた。
「殺害の意識を今すぐ止めるのです。止めなければ……」
キンシはあえてすべてを言わずに、槍を持つ両側の指に緊張感を高めている。
「首とお腹が別れの儀式をしますよ? それでもよろしいのですか?」
洒落た言い回しを使いたがっているらしかった。
しかしキンシの試みは、必ずしもすべて成功していたとは言い難かった。
魔法少女の右目、新緑のように鮮やかな緑色をした虹彩が、青年の殺意を目の前にふるふると震えている。
泣きたいわけでは無かった。
ただひたすらに困窮しているのであった。
家族のように大切にしてくれている。
少なくともキンシは、トゥーイのことをそう思っている。
そもそもこの異常なる状況、緊急事態、マヤという一つの尊い命に危険が迫っている。
環境を生み出した原因は自分にある。
そうなのだ、自分にあるのだ。
キンシはそのことを強く自覚する。
それゆえに、キンシはトゥーイの厚意が許せないのであった。
「もしも、マヤさんの頸椎を捩じ切るとしたら、その時は……──」
キンシが槍の穂先をトゥーイのうなじから外している。
銀色の刃の、夜の雨のような冷たさが離される。
トゥーイの耳、聴覚器官、白色の柴犬のような柔らかな体毛に包まれた三角形をクルリ、と後ろに傾けている。
刃が肉を切り裂く。
音が聞こえた。
血の匂いがする。
すでにあふれて固まった、かさぶたになったそれとは異なっている。
違い過ぎている。
新鮮な血液の香り。
切り分けたリンゴのかけらのように、瑞々しく甘美な香り。
それは。




