とんでもないリスポーン地点
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「提案」
トゥーイが提案をしていた。
「仕事中にこのようなことを頼むのは無理です。それに近づきたい、と言う愚か者がいます」
トゥーの首元。愛玩用動物の首輪のような形状をした発声補助装置。
金属質の拘束具のような器具からは、青年の掠れ気味の音声が電子的なノイズと共に発せられている。
「……んんと」
魔法の図書館のなか、メイは魔力による白色の翼で「水」の最中をゆったりと泳いでいる。
泳ぎながら、メイは暗がりのなかで気になる事項を確認しようとしている。
「シツモンとかヨウキュウ? とは関係ないのだけれど、トゥのこの声は、いったい誰の声を参考にしたものになるのかしら?」
白色の翼をもつ魔女の問いに、答えているのはキンシの声音であった。
「一応、本人の肉声を標本化したもの、だそうですよ?」
キンシは知っているはずの事実を、しかしてあまり自信が持てないのか、確認のための視線をチラリとトゥーイの方に向けている。
「そうですよね、そうでしたよね? ねえ、トゥーイさん」
「…………」
キンシからの確認事項に、トゥーイは発声補助装置に頼ることなく、首をコクリと縦に振って肯定の意を簡単に伝えている。
「ああ、ほら」
キンシはメイに少し前の出来事を思い出させようとしている。
「先日、トユンさんのいる喫茶店にて、トゥーイさんがギターで歌をうたってくださったではありませんか」
「ああ、うん、そんなこともあったわね」
忘れかけていたのだろうか。
メイは自分自身の記憶力に内省を抱いている。
「すごくじょうずなお歌だったわ」
きっかけさえあれば、メイにもすぐに魔法使いの青年の歌声を頭のなかに再上映することができていた。
「あのあと、いろいろと……ほんとに、いろいろとあって、歌を聞くよゆうも忘れそうになっていたわ」
「それに関しましては……申し訳ありませんでした……」
繁用の主たる原因が自分にあることを自覚しているキンシが、子猫のような聴覚器官をペタリ、と平たくして申し訳なさそうにしている。
「僕の暴走等々で、せっかくのトゥーイさんの歌声が忘却の彼方に……」
「あやまるのはいいから、それよりも、トゥの要件についてかんがえましょうよ」
キンシの謝罪をメイは若干強引に遮断している。
「それで? なにを要求しているのかしら、このボクちゃんは」
メイの「ボクちゃん」呼びにトゥーイが眉間にしわを寄せて、あからさまに不快感を露わにしている。
しかしキンシの方は魔法使いの青年の票所の変化を無視する形として、白色の魔女の疑問点を解決することを優先させていた。
「どうやらトゥーイさんは、どこかしらのお店に立ち寄りたいと、そう考えているようですよ?」
これで間違いないか。
キンシの視線にトゥーイが無言の同意だけを返している。
「お店」
メイはトゥーイのほうを見やる。
魔女の椿の花弁のような瞳と、魔法青年の紫水晶色にきらめく虹彩がぶつかり合う。
静かなる衝突。そのあとに、メイはため息をひとつ、唇からこぼしていた。
「また、オーギさんとの約束を無下にするのね」
「いえいえ、そのあたりについては申し訳なく思っておりますよ? メイお嬢さん」
キンシは弁明のようなものをしようとしている。
「んんん?」
しかしメイは、魔法使いの少女の感情の不安定さにすぐさま気づいている。
少女は少女なりに、自分自身の失態についてかなりの反省にさいなまれているらしかった。
「んん……」
メイはすこし断念する心持ちで、ここは魔法使いたち側に折れることにしていた。
「だいじなご用事なら、さっさと済ませちゃいなさい」
「…………!!」
トゥーイがパアア……ッ! と顔を明るくしている。
それを見ると、メイはどうにも心のなかにティースプーン一杯ほどの不安と、どんぶりにてんこ盛りにしたあたたかな愛情、らしきものを抱いてしまうのであった。
…………。
ザッパアァァァザザザッ!!!
水が掻き乱され、分け入れられ、溢れる音色が鳴り響く。
「ぷはぁ」
キンシが水たまりから顔を出している。
「ここが、そのお店があるという場所、地区ですか……」
魔法の図書館から繋がる穴より、手頃なる転移魔術式を使用した。
繋がった空間、外側。
そこはキンシたちが暮らす、灰笛と言う名前を持つ土地、地方都市であった。
「んるる……どちらの方面に進めばよいのでしょう……?」
道筋をたどるために、左右前後、それぞれに視線を回そうとした。
その瞬間。
「っんびゅっ??!」
キンシの顔面が、道行く人に顔面を踏まれていた。
「ぎゃあ?!」
魔法少女の顔面を踏んでしまった、憐れなる通行人が悲鳴のような叫びを短く上げている。
「キンシちゃん?!」
魔法少女の悲鳴を聞きつけた、メイがすみやかなる動作で少女の安否を確認しようとしている。
だが、白色の魔女よりも、さらに速く、速く影の姿があった。
水たまりから飛び上がる。
水しぶきを上げて、青年の太く長い腕が通行人の喉笛めがけて伸ばされていた。
「トゥ!」
メイが悲鳴に近しい音程にて、青年の名前を叫んでいた。




