ほらお姫さまがあくびをした
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印刷された文字とは大きく異なっている。
たとえばデザインされたものであったり、本の帯に記されている、客の目を惹くキャッチコピーともことなっている。
「なにかしら、これ?」
メイは小首をかしげながら、現状抱いている正直な感想を口にしている。
「ラクガキ? いやあね、本にラクガキなんてするものじゃないわ」
「ち、ちち……違いますよ?!」
あまりにも、あまりにもな言い方に、キンシは思わず子猫のような耳をビクリ、と動かしている。
「これは、物語から導き出された大切な持ち主さん、作者さんの貴重な記録なのですよ!」
「記録? これが記録なの?」
キンシの主張にメイはさらなる疑問点へとふけろうとしている。
「データにしては、ずいぶんとノイズがおおいのね」
メイはあらためてその名前に目を移し、注目する。
そしてなにか、読み取りづらいものを目にしてしまったかのように、まぶたをシパシパとさせている。
「読み取ろうとしただけでも、ズレとかブレが多くて、あまり好きになれそうにないわ」
「そうですか……」
キンシは少しだけ残念そうにしていた。
反論をしないのは、白色の魔女の言い分に少なからず納得をすることが出来ているからだった。
「確かに、技術でしっかりと計算され、整えられた文字とは、かなり意味合いが大きく異なって来てしまいますからね……」
それでもキンシは、どうにかしてこの短い文章の尊さをメイ伝えたがっているようだった。
「でも、それでも! これはとても重要な情報の一つなのですよ」
「ただの、人間の、他人の文字じゃない。それが、いったいどうして、そんなに大事なものになるのよ?」
メイの率直なる意見に、キンシは一瞬だけ打ちのめされそうになっている。
「ふみゅう……えっと、それはですね」
さながら本物の、生まれて間もない子猫のようなか弱さを見せている。
「作者の直筆サインなんですよ、それはとても貴重なもので、本の特別性をさらに上げてくれるものなんでして……」
ふと、メイは一つの確固たる疑問点を抱き、すぐさまそれを言葉にする。
「でも、怪物さんの死体から精製したもの、リンゴの宝石から作りだされた本に、どうしてそんなものが書かれているのよ?」
メイはキンシに詰め寄る。
「記憶を再検索して、そこに他人の筆跡がのこるものなの?」
「それは、確実性の問題であるとしたら、かなり確率は低いものになりますね」
メイからの追及から逃げないように、キンシは喉の奥を「んるる」と低く鳴らしている。
「まず適合する情報源、魔力の源をもつ怪物さんに出会う確率も低いですからね」
「お名前をもっている本を持っている怪物さんは、どういうかんじなのかしら?」
メイはすこしの好奇心から、近くにいる魔法使いの少女に質問をしていた。
白色の羽毛をもつ魔女の問いかけに、キンシが答えている。
「かつて人間だったもの、人間、あるいはそれに近しい存在であったもの。
この世界ではない場所。異世界から転生、転移、あるいは召喚せしめられたもの。
人間の意識を持つ怪物にこそ、この本は、情報は、文章は、名前は、意味は存在しているのですよ」
「人間の意識を持つ、人喰い怪物」
メイは、すぐに一致条件を脳内から拾い上げている。
「ああ、シイニさんやミッタちゃんみたいなヒトのことね」
固有名詞を登場させた。
白色の魔女の言葉に緊張感を抱いているのはキンシの方であった。
「彼らの記憶を頼りに、物語の作者の肉を再臨させる。
それが僕であり、彼でもある」
キンシは言葉を雑に区切る。
中断させられた言葉の先に、魔法少女の右目が瞳を上へと移動させられている。
緑色の虹彩の向かう先、反射する対象。
メイもそれを視線に認める。
そこには、この秘密の部屋を支配し、空間を圧迫する巨大な眼球があり、その内側には竜が眠っている。
「ナナキ・キンシの役割なのですよ」
キンシはなんの前触れもなく言葉を継続させている。
かなり不安定なリズム感に、メイはすこしばかり乗り物酔いのような、ある種の不快感をおぼえそうになる。
そうこうしている内に、キンシは魔法の本をパタム、と閉じている。
「ではさっそく、魔力注入!」
謎の掛け声のようなものをひとつ、魔法少女の手によって本が蓮の花の中心に据え置かれている。
先ほどの魔力的行為とは真逆、ちょうど逆再生をしたような光景が広がる。
魔法の本は、それこそ本物の雪のようにその実態を跡形もなく溶かしてしまっていた。
「あら、溶けちゃったわ」
メイはそう言う。
言った後に、すぐさま魔女の聴覚器官に新しい音が収集されていた。
視線は自然と眼球のなか、眠る竜のもとに注がれている。
「なんだか、増えた気がするわ」
眼球の中身を満たす、謎の液体の容量が増量したような、そんな気がする。
「ええ、増えましたよ」
メイの予感をキンシが肯定している。
「中身の薬液は生ものみたいなものでして、こうして時々循環、浄化作業をしてさしあげないと、あっというまに腐ってしまうのですよ」




