慰みものになった慰めの言葉について
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「無理に言の葉を紡ごうとしなくともよいのですよ……メイお嬢さん……」
キンシがにへら顔のようなものを作ってみせている。
「あからさまにお粗末。基本の円形を作るのだけで、精一杯、手一杯。……情けない限りでございます」
メイに向けて言い訳のようなものをしている。
キンシは、しかしてもしかしたら、ほかのだれよりも自分自身に申し開きをしたがっているのかも知れなかった。
「どうにも、こうにも……魔法陣を作るのは苦手なんです」
キンシは自らの情けなさに、左腕の生傷をより一層シクシクと痛ませている。
「絵と言うものがどうしてもうまく認識することが出来ないのです」
「絵を見ても、りかいすることが出来ないってことなのかしら?」
魔法使いの少女の切実な悩みに、メイはすこしでも寄り添おうとした。
「うん、うん、分かるわよ、その気持ち。私だって、プロのひとみたいなすごい構図の絵とかを見ると、自分のいたらなさにかなしくなっちゃうことがあるもの」
メイは一生懸命に魔法少女を励まそうとしているらしかった。
だがキンシは、現状においては魔女の白色の羽毛に悲しみしか見いだせていないようだった。
「そうじゃなくて、たとえ頭のなかでイメージを作れたとしても、それを紙の上に表そうとした瞬間に、途端に作り上げたはずのイメージが泡のようにぱちん、と消え去ってしまう。
それが辛くて、仕方がないのですよ」
キンシはいい終えた後に「だから……」と言葉を続けようとした。
だがかろうじて続いたのは弱々しい呼吸の音、そして虚しい沈黙。
「……んるる」
悲壮感を誤魔化すために、キンシは喉の奥を鳴らして自らをなぐさめようとしている。
「だから、キンシちゃんは文章に逃げたのね」
メイの言葉にキンシがびくりと肩を震わせている。
両側のまぶたが少し大きく開かれる。
瞳孔が拡大される。
猫の獣人族特有の、縦に細長い目玉の穴ぽこ。
興奮の具合、警戒心の増強、緊張感の高まりと共に瞳孔が黒い真珠のように拡大された。
黒々としたキンシの右目。
それを見つめる、メイは言葉による指摘を続行した。
「絵が描けないなら、そうね、たしかに文章で表現してしまえばいいのよ」
メイはあくまでも優しい言葉だけを魔法少女に贈っていた。
「そうね、マンガ家さんみたいにキレイな絵なんて目指さなくてもいいのよ」
「メイお嬢さん」
「絵が描けなくたって、なにも劣等感なんていだくひつようなんてないの」
「メイお嬢さん……」
「才能が無くても、意欲が無くても、人間なんてどうせしあわせになるしかないのよ」
「お嬢さん! もういいです!」
天使のような、白色の翼をもつ魔女の慰めが、キンシにはどうにも耐えがたいもののように思われて仕方がなかった。
「いいんですよ、僕なんかのことは」
これは不快感ということになるのだろうか?
キンシは考える。
違うと気付いていた。
慰められている、それが何とはなしに恥ずかしくて仕方がないのだ。
「そんな、お慰めの言葉なんて、僕なんかにはもったいないんですよ……」
喜びにも近い、キンシは久しぶりに感じた感情の揺れ動きに戸惑ってしまっている。
「そんなことないわよ」
だがキンシの誤魔化しを、メイはいともたやすく否定するだけであった。
「キンシちゃん、あなたは自分でもおもっている以上に、きちんと魔法を使っているものなのよ」
メイはキンシの視線を右側に、キンシから見て左にある魔法の花へと集中させようとしている。
「ほら、目をそらさないで。ちゃんと、自分が作った魔法の形を、見るのよ」
「は、はい……」
メイに視線を誘導させられる。
言う通りに、キンシは自分の魔法に集中することにした。
「いけない、いけない。メイお嬢さんの言う通りでございます、きちんと魔法を見届けなくては」
キンシは気持ちを新ためて、痛む左腕を抱えながら魔法陣の行方へと視線を固定する。
単純な円形。
内側に段々と揺らぎが生まれている。
アスファルトに湛えられる小さな水たまり、そこに雨の雫が一滴落ちるように、波紋は微かな影響力を中心に刻む。
たしかな震え。
波の行く先に新しい雫が生まれる。
赤色にきらめく単純な円形の下へぽたり、と「水」のような何かが落ちていった。
ちょうど蓮の花の中心点。
種を生むべきめしべの辺りに柔らかさが落下する。
たった一つだけの雨だれは、感嘆符のような軌跡を描きながら虚空を跳ねる。
「危ない、危ない」
キンシが素早く、なめらかな手つきにて雫の落下地点に手を添えている。
左の手の平。
血液は付着していない、清潔であると考えられる、そこに雫が溜まり光が集約される。
ぽたり。
落ちてきた一滴から、手のひらに収まる程度の大きさの透明な四角が形作られる。
少し縦長の四角形。
見なれた形は、メイにすぐさま一つのイメージを結び付けていた。
「本だわ」
「ええ、本です」
キンシは傷ついた左腕に、一冊の本を持ちあげていた。
「異世界より現れたもう、貴重な、大切な記録の一つです」
キンシは赤色を振り払うように、本の一冊を右手の中に持ち上げていた。




