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回復魔法がお安いよ

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます!

「もういいの?」


 キンシの容体をメイが心配している。

 小指の爪に仕込んだ回復用魔術式の作用にて、とりあえず出血といくらかの痛覚は抑え込んだはず。

 

 なのだが、それでも傷の完全なる修復には遠くおよばなかった。

 皮膚は依然として断絶され、ふちはぷっくりと丸く皮膚のたるみを描き出している。

 傷の隙間からは早くも乾き始めている血液が、紫水晶(アメジスト)の水晶ドームのような凹凸(おうとつ)をのぞかせている。


「まだ、ぜんぜん傷が治っていないじゃないの」


 メイが不安そうにしている。

 白色の魔女の、椿の花弁のように紅い瞳が不安定に震えている。


 紅色の揺らぎを視界の右側に、キンシは懸命なる努力によって、魔女の作りだした天然の羽毛ベッドから体を起こそうとする。


「大丈夫ですよ、メイお嬢さん」


 立ち直ろうとしつつ、キンシは両腕でガッツポーズを作ってみせている。


「あなたの素敵でほっこりな羽根の一枚一枚のおかげで、こんなにも元気になりました!」


「あら、そう」


 どうやらキンシは公的な回復魔術式よりも、メイのいたって個人的な魔力の集合体に感謝の念を抱いているらしかった。


 そのことを思うと、メイはどうにも頬が赤くなり、体表に生えている白色の羽毛がモコモコと膨らむのを感じずにはいられないでいる。


「それは、よかったのかしら?」


 一瞬だけ納得をしかけた。

 だがすぐに、メイは眼の前の問題を再認識している。


「ううん、そうじゃなくて、まだ、まだ! 傷口もふさいでいないわ!」


「ご安心ください、メイお嬢さん。これはこれで、まだ入り用があるのでございます」


 メイのあたたかな、まごころと庇護欲、そしてたっぷりの母性に誘導された回復魔術式。

 癒しの力にキンシは活力を見出している。


「えーっと、たしかそこの棚に……」


 メイの魔力の翼から体を離している。

 白色の羽根を何枚か体にくっつけたままで、キンシは地下室の書架の棚に体を寄せている。


 ガラス、のように透明な棚の奥。

 そこにはお決まりのように、古ぼけた書籍がずらりと規則正しく並べられている。


「よいしょ」


 キンシは最初は左腕を動かそうとした。


「痛た、痛たたた……」


 だが傷の存在を痛覚と不快感と共に思いだし、すぐさま利き腕ではない右側を扉に掛けている。


 パカッとガラスの扉を開けている。

 ……。

 そこには本が並んでいるだけだった。


「あ、間違えました」


 キンシはサッと扉を閉めなおしている。


「なにをしているの?」


 メイが率直な疑問を抱いている。


「い、いえ、ちょっとした手違いです……」


 キンシは少しだけ恥ずかしそうにしている。

 自分自身が想定している以上に、生傷によるダメージが深かったのだろうか。


 キンシは雑念を振り払いつつ、すぐさま扉を開けなおしている。


 もう一度開かれた。

 そこには大量の赤色が詰め込まれていた。


 ゴロゴロゴロ!

 小規模の雷鳴のような音が聞こえてきた。


 それは大量のリンゴの群れが、保てていた形状を扉の開閉と言う刺激によって崩落させられた、結果の音色であった。


「うえええ!」


 予想外のリンゴの波に、キンシの頭部がぽこぽこと殴られている。


「あらら」


 どうして本棚から、しかもガラスのように透明な場所からリンゴの山が現れたのだろうか?


 メイは理由を考えるよりも先に、なによりもまず、キンシの身の安否を心配している。


「だいじょうぶ? キンシちゃん」


 メイは魔力による翼をたたみ、腰回りにチュチュのような膨らみをともなったままで、キンシの周りに転がるリンゴの一つを拾い上げている。


「これは、魔力鉱物の結晶(クリスタル)じゃない」


 メイはすこし驚き、そして呆れるような声音を発している。


「どうしてこんなにもたくさん、溜めこんでいるのよ?」


「それは、こういう場合にたくさん使う必要があるからですよ、メイお嬢さん」


 キンシはリンゴを三つほど拾い集め、そのまま再び自らが作成した魔法の近くに戻っている。

 メイもその後に続く。


 赤い幹の先に開かれた、白色にほのかな緑を帯びた蓮の花。


 キンシはそこにリンゴ、の型に整えられたリンゴの一つを設置している。


 種が生まれるべきめしべの中心。

 小さな穴、毛穴のような細やかさ、ブツブツがぶつぶつ……と囁き声のような音を発した。


 リンゴ型の魔力鉱物の結晶がほのかに赤い光を放つ。

 かと思えば、結晶が氷のように解けて消えていった。


 開かれた蓮の花の上。

 そこにさらなる魔法陣が展開されようとしていた。


 魔法陣は魔法陣らしく、複雑怪奇で、それと同時に素敵なセンスを感じさせるデザインの刻印が……。

 ……なんて、そのような技術力などは、残念ながらキンシは持ち合わせていないようであった。


「えっと……」


 現れたのは円形、ただそれだけ。

 メイはどうにかして、言葉を探そうとする。


「えと、その、かわいいマルね?」


 賞賛の言葉に相応しくない感情として、クエスチョンマークがあげられる。

 というのは、メイの持論であった。


 メイはいま、自分自身の信条に心情を押しつぶされてしまいそうになっていた。


「うんん……」


 言葉が続かない。

 状況が、言葉にならなかった。

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