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涙は羽毛布団に吸いこませる

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます!

 花が咲く。

 

 花が、咲いた。

 それは白色の蓮の花だった。


 花が開花する。

 無音のなかで、においも無く、行為は行われる。


 乳白色の花びらに、すこしの緑が印象的にともる。


 花弁に隠されていた中身があらわになる。

 そこには、ちいさな台座のようなものが備え付けられていた。


「キンシちゃん?」


 何をするつもりなのだろうか?

 依然としてメイは魔法使いの少女の行為の意味を理解できないでいた。


 開かれた花弁の内側、中心にはめしべがある。

 湯飲みのようにこぢんまりとしている。

 

「んるる、リンゴを用意しなくては」


 キンシがふらりふらりと、開いた白色の花びらからいったん離れようとしている。

 足取りはおぼつかない。

 それもそのはずで、キンシの肉体からは自動的にかなりの損傷を負っているのであった。


「キンシちゃん!」


 トゥーイの拘束力が緩んだ。

 そのタイミングをひと時も逃すことなく、メイはキンシのもとに駆け寄っている。


「メイお嬢さん……?」


 名前を呼ばれた。

 キンシは声のする方へと、首だけを振り向かせようとしている。


 頭蓋骨の方向性を右側に回転させようとする。

 首の骨の可動域を使用しようとした。


 だがそれがまずかった。

 いけなかった。


「あらら……?」


 視界を動かした、たったそれだけの動作によって、キンシの全身は本来保つべき指針を失ってしまっている。


「あららー……」


 崩れ落ちる。


「キンシちゃん!」

 

 キンシの体をメイはとっさに腕で受け止めようとした。

 だがすぐに、メイは自分自身の肉体に許されている力量の限界を痛感させられている。


 倒れかかる、魔法少女の全身の重さがメイの両腕に負荷をもたらした。


「う、うんん……!」


 これはダメだと、メイはすぐさま諦めをつけている。

 だが諦観は自らのカトンボの肢のように細い腕にしか与えない。


 メイは何としてでも、この魔法少女に地面に伏せるような真似をさせてはならないと、そんな強迫観念に駆られていた。


 理由は分からない。

 それらしいものを無理やりにでも引っ付けるとしたら、ただ単に考えたくない、想像したくないと言うより他はなかった。


 とにもかくにも、この魔法使いの少女には、地面にひれ伏すような真似は似合わない。

 これも強迫観念、侵入思考の一つなのだろうか。

 メイは考える。


 考えながら、同時にメイは腰回りに展開させた魔法の翼でキンシの体を包みこんでいた。


 ふんわり、ふんわ。

 何の魔力的要素も含んでいない、自然の、惑星本来の重力の方向性に従う。

 キンシは全身にメイの羽毛を感じている。


「うわわあ……! なんですかこれぇ……すっごい、すっごい、ふっかふか……!」


「私の羽よ、キンシちゃん」


 メイは翼でキンシの体を、ミノムシの(みの)のようにしっかりと体に密着させ、油断が出来るまでは決して離さないようにしている。


 離さないで、落とさないよう、魔女は魔法少女の傷ついた体を重さから守ろうとしている。


 魔女の白色の翼に走る緊張感。

 それとは相対的に、キンシは己の身に期せずして迎え入れられたモフモフと総総(ふさふさ)を堪能しまくっている。


「なんたる感動……。こんなにも寝心地のいいベッドはそうそうございません……」


「ベッドじゃなくて、私の羽よ、キンシちゃん」


「それに、なんでしょう……? かすかに高級なシャンプーのような、格式高い香り。まるでお城に暮らすプリンセスみたいな芳香がふんわり、ふんわと……?」


「だから、私の羽よ、キンシちゃん」


 メイの白色の翼。

 羽根の一枚一枚に、キンシの毛穴から滲出する汗や、傷口からこぼれる血液が染み込んでいく。


 白色が薄く赤く、ほのかなピンクに染まる。


 メイは自分の一部が他人の体液に汚れるのも構わずに、とにもかくにも、まずは患部を確認しようとした。


「まあまあ、こんな、ヒドイことをしちゃって」


 メイは痛ましそうに、眉根にしわをよせている。


「おバカさんね」


 そう言いながら、メイは右手をキンシの左腕、うがたれた傷口にかざしている。


「すぅ、はぁ」


 ちいさく呼吸をする。

 紅色の光が灯る、メイの手の平の内側に回復のためのあたたかな光が、小規模に満たされていった。


「おお……回復魔術ですね……」


 ぬるま湯に浸かるような心地良さに、キンシはいよいよ本格的にウトウトとし始めている。


「ヒーリング効果を含んだ魔力の明滅を照射することによって、肉体がもつ修復機能を活性化させる……。

 一体全体、いつのまに、このような魔術を習得したのでしょう……?」


「オーギさんにおしえてもらったのよ」


 メイは指先に組み込んだ魔術式を意識する。


「キンシちゃんはなにかと生傷が絶えないから、小指のいっぽんに、市販の魔術式を組み込んでおいても、損はないって。そう、おっしゃっていたわ」


「そう、なんですか……」


 メイが事情を話しているのを、キンシはうつらうつらと聞いている。

 眠りに落ちそうになる。


「いけない」


 だがいまは眠りに落ちるわけにはいかなかった。


 キンシは他人には分かりにくい、だが確実に苦痛をともなう努力と意識の力によって体を起こしている。

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