大人しく爆発して死ねばよかったな
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「そういえば、メイお嬢さんの翼と、先代の持つそれはとてもよく似ていますよね」
キンシが個人的な見方をメイに打ち明けている。
「ええ?」
魔法使いの少女の意見に、メイが驚きをおぼえている。
「そんな、全然ちがうわよ?」
メイはそう言いながら、自分の腰回りに展開させてあった魔力の翼に触れている。
飛ぶ必要が無くなった、メイの翼はいまピッタリと畳まれている。
まるでバレエダンサーのチュチュのように、ふんわりと柔らかく、小規模な繊細な広がりに留まっている。
「私なんかの翼は、この……キンシちゃんのお父様? とはくらべものにもならないわ」
本心を語るなかで、メイは言葉のなかに避けられない異物感を自覚せずにはいられないでいた。
「んんん……やっぱり、このすごい竜を「お父様」って呼ぶのは、なんだか……」
「おそれおほし、って感じでございましょうか?」
恐れ多いことを、キンシはあえて宮廷風な言葉遣いで表している。
「メイお嬢さんがそう思うのも、仕方のないことなのでしょう。
なんといっても、先代はすでに人間の姿を失ってしまったのですから」
「人間のすがたを?」
言葉だけで説明されたとして、当然のことながらメイにはすべてを理解することなど到底できそうになかった。
「それは、呪いのひとつ、なのかしら?」
「ええ、そういうことになりましょう。さすが、メイお嬢さんです」
キンシはメイの推察力を賞賛する。
そうしつつ、本を持ったままの右手で左腕の長袖をまくり上げている。
黒地に赤色のラインが走る、スタジアムジャンパーの布の下。
むき出しになった左腕、そこには呪いの火傷痕が深々と刻まれている。
植物の蔦が這うような、滑らかな曲線はいまタトゥーアートのように黒色を保っている。
「あいかわらず、ひどいありさまね」
メイが痛ましいものを見るかのような視線に、キュッと眉根を寄せている。
「そうでしょうか?」
白色の翼をもつ魔女の視線に、キンシはめずらしく疑問符を首の角度に表していた。
「人間としての形状を保っている分、先代よりかはまだマシだと思いますがね」
比較による自慰行為か、あるいは劣等感から為る自虐的行為なのか。
メイは考えようとする。
だがすぐに、自らの思考が魔法少女に該当しないことに気付かされていた。
「僕はまだまだ、この領域まで達せられないのです……」
キンシは瞳をキラキラときらめかせながら、眼球の中に眠る竜の姿を見上げている。
瞳の輝き、夏の葉緑素のように生き生きとした気配を立ち昇らせている。
視線を見やる、メイはそこに未来の希望を想像せずにはいられないでいた。
まさか、どうしてこの竜を、異形のモノを目の前にそのようなポジティブシンキングを起こせるのか。
メイにはまるで理解が出来なかった。
想像したくないものをとっさに考えてしまう。
強迫性障害の患者を苦しませる強迫観念によく似た感覚。
全身が無意味な思考に支配されていく。
メイは早急に思考の波間から体を起こさなくてはならなかった。
「さて、用事をさくっと解決してしまいましょうか」
冷や汗をかいている白色の魔女の左隣で、キンシが両手の荷物を再確認している。
右手には大切な本。
複雑怪奇なテーマに切りこんだ、シャープな筆跡。
作品は読むものに冬の夜の、研いだ刃のように研ぎ澄まされた未来的観測を召喚させる。
左手には銀色の槍。
元々は万年筆だったものを、暴力的かつ凶悪的に武器に作り変えたもの。
キンシはそれを左手の中に、片手のみでくるりくるりと回転させている。
ヒュン、と空気を撫でる音色。
白銀色のきらめきの後、槍は元の形へ、一本の万年筆へと戻っている。
「メイお嬢さん」
「なあに? キンシちゃん」
不意に名前を呼ばれた、メイはハッと意識を通常の方向性に戻そうと試みている。
動揺をさとられたくないと、反射的に思ってしまう。
のは、メイ自身がキンシに弱い部分を見せたくない、情けない部分を隠したいという個人的願望があるからであった。
そんなことは全く知らないままに、キンシはメイに安心しきった要求をしていた。
「この本を、すこし預かっておいてくれませんか?」
「? ええ、いいわよ」
キンシはメイに右手の本を預けている。
空になった右の手に、左手の中にあった万年筆を移動させる。
「よし」
息を吸って吐いている、小さく声をだす。
右手に万年筆を握りしめる、ペン先は下を向いている。
左腕を体の前に、内側に這う火傷痕へと狙いを定める。
ペンを振りかざした。
銀色の硬い金属が、キンシの黒色の傷へと突き刺さった。
音はあまりしなかった。
「え?」
ただ、状況を理解できないメイの声だけが室内の空間を震動させる。
白色の魔女が見ている先。
そこでは、キンシの腕から血液が噴出されようとしていた。
「……」
キンシは奥歯をギリギリと噛みしめている。
ペン先によって切り開いた皮膚の下、真皮を通り抜け、血管の連続性を抉る。
機械羽のような曲線に、蔦植物の細やかさを加えたかのような文様。
一見して異形の存在にも見えなくはない。
しかしながら、そこは間違いなく人間の一部分でしかないのであった。
血が溢れる。




