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話しかけても答えは返ってこなかった

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 図書館の最奥部。

 そこはやはり、()()無ければそこそこに居心地の良さそうな空間ではあった。

 

 今までの巨大なハニカム構造が連なる無機質な書架の群れとは打って変わって、秘密の部屋は生活感に溢れた。

  

 ワインレッドのふかふかとした絨毯が、まずもって部屋を訪れた者の足を柔らかく、あたたかく、心地よく歓迎する。


 視線をあえて「中心」からずらす。

 現実逃避の小さな道沿いに、たくさんの本棚たちが眼球を快く受け入れてくれる。


 魔法の図書館とは異なり、その本棚には魔力的要素をほとんど予感させなかった。

 「水」にも雪にも染まっていない。

 そこにあるのはただの「普通」の、四角形をした木製の本棚だけが並んでいる。


 本棚は図書館のサイズ感と比較してしまえば小規模なものに見える。

 だがそれは目の錯覚であった。


 メイは自分の身長と本棚のサイズ感を、何者にも惑わされないよう比較しようとする。

 

 比較しようとして、しかしながら無視できない事態に心に濁りが滲出してきていた。


「壊れっぱなしで、なんだかお部屋がとてもかわいそう」


 メイに指摘をされた。

 白色の魔女が眉をひそめているのに、キンシが申し訳なさそうに唇に指を添えている。


「そのご意見は、否めませんね……」


 魔法使いの少女と白色の魔女が見やっている。

 そこには部屋に訪れた損傷の具合が、依然としてまざまざと残っていた。


 まるで暴走した自動車に激突されてしまったコンビニエンスストアのように、大きな穴が部屋に穿たれている。


「このまえの、キンシちゃんたちが壊した喫茶店を思い出すわね」


 メイが皮肉のようなモノを言っている。


「失敬な! 僕たちの破壊はこんなものじゃありません。魔法使いたるもの、もっとエッジが効いた破壊行為をしなくては」


「粉々にするのに、するどさなんて必要なのかしら?」


 皮肉が通じないキンシに、メイはちいさく溜め息をこぼしている。


「大丈夫ですよ、メイお嬢さん」


 メイの溜め息の音程を聞き取った、キンシが胸の真ん中、心臓の鼓動がある辺りに右の握りこぶしをポン、とおいている。


「多少の損傷、先代のナナキ・キンシは気にしません!」


 そう言いながら、キンシはメイの視線を部屋の中心、中央部、心臓にある「それ」に誘導させようとしている。


 見たくないと思う、願う。

 だがそろそろ諦めなくてはならないようだった。


「こんにちは、お父様」


 部屋の中心にある、巨大な水晶玉のごとき存在にメイは挨拶をする。


 うやうやしく日々の儀式を交わそうとした。

 巨大な球体の中身、内側、玉の中に眠る存在からは返事はなかった。


 天井と床。

 赤い柔らかい絨毯が、円形に雑に切りとられている。


 おそらく部屋を管理している魔法使い、つまりは現状におけるキンシが布を切り取ったのだろう。

 あまり上手とは言えない手前の隙間からは、深い色に満たされた管が何本も、何本も伸びている。


 玉の下側には大量の管、それらは樹齢千年以上の巨木のごとき頑強さを想起させる。

 かと思えば、玉の上側に繋がっている管は比較的閑散としている。


 密集とまでは行かずとも、それなりに沢山ある。

 メイは勝手に七夕の短冊を想像している。


 メイは破壊の跡に足を取られぬよう、少し気をつけながら玉に近づき、その表面に触れている。


「やわらかい」


 水晶玉のような姿をしているが、しかしメイはすでに「それ」が美しい鉱物に由来しているものではない事を知っていた。


「あったかい」


 ヌメヌメとしている。

 玉は、巨大な眼球であった。

 そしてそれはキンシの左目、左側の眼球によってこしらえられたものであった。


 メイは、文字通り目の奥に潜む竜の姿を見ている。


 竜は、孵化寸前のメダカの卵、まだ世界に産まれていない稚魚のように身を丸めている。

 全長はキリンの頭から足先までのサイズがある。

 メイやキンシはもちろんのこと、トゥーイですら圧倒する巨大さがあった。


 それ程の巨体が眼球の中にみっちりと詰め込まれている。

 いや、あるいはもしかしたら、眼球の持ち主である少女のキンシが竜の大きさに合わせて眼球を引き延ばしただけにすぎないのかもしれない。


 メイは眼の中の竜を見る。


 ハイイロオオカミのように精悍な顔面。

 エゾフクロウのように豊かな、灰の毛並み。

 四肢はチーターのように、生きてさえいれば勇猛果敢に地を駆けるのだろう。


 だがなによりも、全てを忘却しそうなほどに目立つのは、肩甲骨の辺りからはえる巨大な翼であった。

 ゆうに一戸建ての屋根ほどの長さがある。

 巨大な翼は開かれまま、眼球の内部をより一層占領している。


 太く立派な根元には胴体の毛並みと同じ、銀に見紛うほどに濃密な灰色。

 そこからグラデーションに色が薄くなり、白色が輝く。

 

 羽根の先端にいたっては、研磨されたダイヤモンドのように透き通っているのではなかろうか。

 

 見惚れずにはいられない。

 メイは初めて竜を見たときの感動を思い返している。


「あの時は緊急事態だったから、あまり丁寧な対応は、出来なかったのだけれど」


 メイは竜に向き合う。

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