すてきな本を見つけたよお父さん
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます!
キンシは愛おしそうに本の表紙を指で撫でている。
ハードカバーの表紙の上に、コート紙のツルツルとしたカバーを身にまとっている。
二百六十五ページ分の厚みがある本には、おそらく店舗で販売されていた時と同じように帯が巻き付けられている。
宣伝文句がありありと記されている。
紙の帯、メイの指でも簡単に破り棄ててしまえそうなもの。
広告表現の一種には小説を賞賛する言葉が程良い大きさ、だが同時に羅列を意識するほどにびっしりと明記されている。
購買意欲を掻き立てるシズル感としては最良なのだろうか?
メイはすこし考えてみる。
三秒ほど考えた後で、白色の魔女はすぐに疑問点を諦めることにしていた。
こちらは専門的な知識を何も有していないのである。
ここで無為に無知具合をあけっぴろげにする必要性もない。
それはそれとして、メイはキンシの手の中にある本の正体、情報をもっと、すこしでも多く集めようとする。
「もっと、よく見せて」
メイはふわりと翼をゆらめかせ、キンシの右斜め後ろあたりへ回りこんでいる。
背後に浮かぶメイの姿を、キンシはさながら自分自身の一部分として受け入れているようだった。
キンシの右肩越しに、メイは本の表紙をより詳細に観察する。
本の表紙。
小説のパッケージ。
大きな一枚の写真が印刷されている。
カラーとは異なる、モノクロの写真。
フォーカスはあえてほんのりとずれたものを使用しているのだろうか。
白黒にぼやけた空間を支配しているのは、一人の女性のシルエットであった。
少し長めのボブカット、明るい色彩を想起させるフラワーの柄があしらわれたノースリーブのワンピースを着用している。
「だれかしら? この女のひとが、この小説の主人公なのかしら?」
メイは小首をかしげている。
せめて顔を見ようとしたが、残念ながらそれは叶わなかった。
顔に足る部分はモノクロプリントの影響にて、ほぼ完全なる暗黒になってしまっている。
それに加えてデザイナーの意向なのだろう、まるでプリント倶楽部にでもあるようなきらめきの加工が少量加えられている。
「そういう訳では無いのですよ」
メイの疑問点にキンシが声を重ね合せている。
「いえ、もしかしたら僕たちは、この「彼女」が男性であろうが女性であろうが、あるいはそれ以外だとしても、「彼女」の存在意義にはなんの関係もないはずなのですよ」
キンシが熱を込めて語っている。
少し潰れ気味の円形をしたレンズの奥、右目、緑色の虹彩がキラキラときらめいている。
「キンシちゃん?」
なにやらそれらしいことを語っている。
それだけではない。
瞳はまるで今にでも泣き出しそうな、そうでないような、なんとも絶妙なラインにてきらめきを放っている。
「どうしたの? 悲しいの?」
キンシの選ぶ言葉にメイが違和感を覚えている。
「ああ、いえ、その……」
キンシが少し恥ずかしそうにしている。
メイの椿の花弁のような色彩をもつ瞳に見つめられると、キンシは段々と冷静さを取り戻そうとしていた。
「すみません、少々本を読んだ時の感動に引っぱられておりました……」
次にキンシは頬をポポポ……ッと赤らめて恥ずかしそうにしている。
魔法少女の紅ほっぺを見やりつつ、メイは再び本の形、意味を観察しようとした。
表紙にプリントされている写真、デザインの左側、ちょうど真ん中にあたる部分にタイトルらしきものが記されている。
北極星と同じ意味を持つ言葉が小さく、細やかに、短く完結した意味をともなう。
タイトルを読み終えたところで、メイは再びキンシに質問をしている。
「どこで買った本なの?」
キンシがメイの問いに答える。
「いいえ、これは購入したものではございません」
「あら、じゃあ、盗んできたの?」
「違いますよ?!」
当たり前のように犯罪行為の有無を確認してきた、メイの口の物騒さにキンシの方が怯えてしまっている。
「ああ、いえ……しかしながら、勝手に借りているという点に置いては、盗みと大して変わりの無い行為になるのでしょうか……?」
キンシが喉の奥を「んるるる」と鳴らしながら、自らの行為についての善悪を判断しようとしている。
それはそれとして、魔法少女が思い悩んでいることよりも、メイはまず本の出所を知りたがっているようであった。
「盗んだわけじゃない。借りている、と、言ったわね?」
メイの紅色の虹彩が、さながら自警団の家宅捜索のような強引さを帯びて、質疑応答を続行させている。
「んるる……」
キンシは喉の奥を鳴らしながら、錆びた鈴の音のような音の終わりと同時に事情を説明しようとした。
「細かい事情は、おいおいお話ししましょう……。
……どうにも、僕には「それ」を説明するための言葉を用意することが出来そうにないのです」
めずらしく、キンシがはっきりと諦めの感情を抱いている。
要するに、実際に目で見てみろ、と言うことなのだろうか。
メイは納得をひとつ、そして続きの展開を眼のなかに受け入れるための準備を素早く整えている。




