本の中に埋もれて死ぬのは贅沢すぎる
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「ここに隠しておいた、とっておきを忘れてはなりません」
「とっておき?」
メイは腰のあたりに展開させた魔力の翼をスイ、と下降させている。
白色の羽根の質量を身に受けた、「水」のなかに水流のようなものが生まれ、メイの体を暗がりの中に浮上させている。
光に近づこうとする。
メイはキンシが右手に携えている、魔力鉱物入りのランタンの光めがけて体を上昇させている。
紫色に透きとおる、ランタンの中身は紫水晶に類似した魔力鉱物が込められていた。
キンシが右手でランタンを揺らすと、中身に詰められている鉱物が小さな音色をたてている。
ランタンが照らしている先。
そこには魔法の図書館を構成する大量、多量なる書架の一部分が存在していた。
ハニカム構造を、齢十二歳の少女一人分が丸ごとひとつ収まるほどに拡大させた。
六角形の形状。
辺のそれぞれに様々な本が詰め込まれている。
ただ普通に棚に収まっている訳では無く、書架の中身の本は奥へ視線を向かわせるほど、螺旋を描くように収納されていた。
巨大すぎる蜂の巣、その奥には本、本、本の羅列。
「いつみても、この本棚は不安になるわね」
メイは魔力の翼で空間を撫でながら、ふわりふわりと暗がりのなかを静かにただよっている。
まるでイルカのヒレのように、メイの翼は優雅な動作で図書館の内部を満たす「水」のなかを泳ぐ。
「まるで、ジッと見つづけていたら吸いこまれてしまいそう」
メイがそのように表現をしている。
そのすぐ左隣にて。
「よいしょ」
キンシが書架の中に吸いこまれていた。
「うわー」
夏の空の下に蓋をあけたまま長時間放置したコーラのように、気の抜けた悲鳴を上げている。
「キンシちゃん?!」
当たり前のように書架に食べられてしまっている。
魔法少女の名前をメイが叫んでいる。
いったい何を思って、こんな不気味な書架に身を投げようとしたのだろう。
メイはキンシの正気を疑いそうになる。
……。
だが、疑ったところであまり意味は無かった。
魔法少女が狂っているのは、なにも今にはじまった話ではない。
少女はその気になれば、きっと、恐ろしき人喰い怪物に丸呑みされることも、喜んで受け入れるのだろう。
メイが諦めている。
その頃合いにて、キンシはすでに全身の半分以上を書架に呑みこませていた。
「んしょーんんしょー?」
キンシのくぐもった声が書架の中身、螺旋を描く本の波の中から、発芽したてのもやしのようにひょろひょろと伸びてきている。
「あ! ありました、見つけましたよ!」
いよいよ足首まで浸かろうとしていた。
そのところで、キンシはようやく本の群れから目的の一冊を見つけ出していた。
さあ、用事は済んだ。
あとは戻るだけ。
「あれ、あれれ?」
だがキンシは、自分が予想していた以上に己の自由度を書架に支払い過ぎていた。
気付いた頃合いには、キンシは早くも慌て始めている、
「うわ、うわわわ……! どうしましょう、抜け出せなくなっちゃいましたっ!」
「ああ、もう、こまった子ね」
メイは呆れる。
と同時に指はすでにキンシの足首へと手をかけていた。
「いったいぜんたい、なにを探そうとしていたのかしら?」
メイはそう言いながら、キンシの足首を両腕で力いっぱい引っぱっている。
「うええー! 髪の毛が、なにかしらに引っかかりました! ちょっと痛い!」
「痛いのくらいがまんしなさい、キンシちゃん。あなた、魔法使いでしょ?」
メイがキンシをなだめすかしている。
「……………」
トゥーイがすこし不安そうにメイとキンシの様子を窺っている。
「だいじょうぶよ、トゥ。おびえることはないわ」
メイが魔法少女のついでと、トゥーイのことをあやすようにしていた。
まるで赤ん坊に語りかけるような口調に、トゥーイは並々ならぬ不快感のようなものを抱いている。
「…………」
とは言うものの、青年の表情にはほとんど変化はない。
強く、意識的に無表情を保つ必要性があった。
努力の成果として、とりあえずのところメイは魔法使いの青年の感情に気付くことはなかった。
もしかしたら、恋人であるキンシならば、彼の緊迫を耳の産毛に敏感に感じ取っていたかもしれない。
しかし残念なことに、キンシはトゥーイの表情の変化を見ることは出来なかった。
「ぶっはあ!」
メイに力を貸してもらいながら、キンシの体が書架の中身から身体を捻り出している。
まるで大きなカブでも抜くかのように、メイは早くもひと仕事を終えたような達成感をおぼえている。
「ふぅ……」
しかして、メイはすぐに体のなかに緊張感を取りもどす。
まだ用件はたくさん残っているのだ。
「さてと、私のかわいい子はなにを本のうずの中からとりだしたのかしらね?」
「よくぞ聞いてくださいました、メイお嬢さん」
キンシは自信満々と言った様子で、一冊の書籍をメイの前にかざしている。
「それは」
メイはあまり深く考えずに、まずは思ったままのことを言ってみせている。
「本、ね。小説、かしら?」
「その通りですメイお嬢さん、ザッツライト、です」
そう言いながら、キンシは両手に一冊の小説を抱えている。




