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イメージしよう、自分の切らない翼

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます!

 キンシは鼻の穴を少し膨らませて、ヒクヒクと小さく細かく震え動かしている。


「くんくん、くんくん」


「なにをさがしているの? キンシちゃん」


 メイはすこしの勇気を振り絞って、キンシのもとに近づこうとしている。

 トゥーイの腰に回していた腕を解放させる。


 余分な脂肪分をほとんど感じさない、むしろ必要とされる基準よりも少なく感じる胴回り

 筋肉と骨格で柔らかい内臓をしっかりと保護している、メイはトゥーイの腰の感触を名残惜しむようにすこし撫でる。


「……」


 メイが緊張の面持ちで、図書館の内側を満たす「水」の群れのなかに身を浸している。


 とにもかくにも、重力を意識してはならない。

 メイは自分自身にそう呼びかける、つよく、懸命に努力しながら意識をする。

 

 星に導かれる本来の重さ、重力、その方向性。

 「普通」に暮らしているのならば、あれほどありがたいパワーも無いだろうと、メイは個人的に考えている。


 日光は肌を焦がして美白の邪魔をする、乙女の肌にしわとシミを一方的かつ強引、ある種暴力的なまでに約束してくる。


 風雨は草木に恵みをもたらすが、整えたヘアスタイルを否応なく台無しにする。


 その点、重力はただ肉と骨の重さを正しい方向に誘導するだけである。


 ……そう考えていると、メイは「水」のなかで自由に体を動かせられるような気がした。


「きゃあ」

 

 だが、気がしただけであった。

 気のせいであった。


 メイの肉体はむなしくも、虚空のなか、闇よりも暗い水底へと落ちようとしていた。


「危ない」


 小さく、か細く、掠れた声が聞こえてきた。


 メイと、キンシはそれがトゥーイの喉元から、舌をうねらせ、開かれた唇の隙間から発せられた肉声であること。

 そのことにすぐ気付いている。


 メイの左手がトゥーイの右手に握りしめられている。

 落ちようとしていた、落ちかけていた白色の魔女の体をトゥーイが掴み取っていたのだ。


「あ、ありがとう、トゥ」


 メイはまずトゥーイに礼を伝えている。


 奈落の底に落ちかけた、沈みかけていた。

 事実が後々になって、メイの体表に生えている白色のやわらかな羽毛をブワワ……! と膨らませている。


 メイの胸元が瞬間的な興奮によって綿花のように丸く、ふんわり、ふっかりと膨張している。


 そんな白色の魔女のちいさな、幼女ほどの大きさしかない体をトゥーイは片手で軽々と持ち上げている。


 たとえここが魔法の図書館、「水」に満たされている空間でなかったとしても、おそらくトゥーイの腕力はメイの体を軽々と持ち上げることに成功していただろう。


 そう理解していながらも、メイは自分の身体の重さが箱入りチョコレートのように簡単に扱われている。

 この状況にソワソワとした緊張感をおぼえずにはいられないでいた。


 トゥーイがメイの体を抱きしめるようにしている。

 程良くあたたかく、柔らかい抱き枕を手に入れていしまった。

 

 そんなトゥーイの姿と、メイの状況を見て、キンシがふっと記憶を再検索していた。


「以前と同じ方法をお試しになったらよいのではありませんか? メイお嬢さん」


「あら。……ええ、そうね、そのとおりね。そうしましょう、キンシちゃん」


 魔法使いの少女の提案を参考に、メイは自らの腰のあたりに魔力を意識させる。


 魔法少女のように、見るからに分かりやすい呼吸音はメイには必要なかった。

 人差し指を曲げるかのように、ささいな動作でしかない。

 魔力の反応、紅色の光が明滅する。

 

 光のあとに、白く輝く骨格がメキメキとメイの腰のあたりから伸びる。

 瞬く間に、骨が伸びると同時に清水(きよみず)に冷たい肉を増幅し、水晶のように透き通る羽根を身にまとう。


 バッサバッサ、と、メイは腰のあたりに二揃い発現させた、魔力による白色の羽根をはためかせている。

 

 現れた翼。

 それは実に美しいものであった。


 展開すれば大樹の枝のように雄大であり、無限の生命力を否応なし予感させる。

 だが同時に姫の丸い頭部を飾るティアラのような、ある種の究極を極めた職人の手わざのような緻密なる繊細さも感じさせる。


 見惚れずにはいられない、これが惚れ惚れせずにいられようか。

 美しい翼。


 しかしながら残念なことに、まことに勝手ながら完全に喜ばしいものとして受け取れられない人間がひとりいた。


「…………んぶぶ」


 トゥーイが翼の質量に顔面を圧迫され、喉の奥から唸るような悲鳴をこぼしている。


「あら、ごめんなさいね、トゥ」


 メイは自分の翼で青年の顔面を押し潰そうとしていたことに気付く。


 とっさにパッと体を離している。


 頼るべき青年の姿から離れた、メイはあわてるように翼をバサバサと羽ばたかせている。


「慌てることはございません、メイお嬢さん」


 一生懸命にホバリングをしようとしているメイに、キンシがアドバイスのようなものをしている。


「なめらかに、美白のごとき生クリームを身にまとうショートケーキのように、ふんわりと浮かべば良いのですよ、メイお嬢さん」


「ええ、分かっているわ、キンシちゃん」


 メイはすでに空間をいくらか支配している。

 全て、全国制覇とまでは行かずとも、せいぜい地方のインターハイくらいならば楽々とクリアできる。


 メイは今度こそキンシのもとに身を寄せている。


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