概念としての光を灯せばよろしい
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トゥーイはもう一度、胸の前に左手を水平に置き、右の手の平を跳ねるように上へと動かしている。
そうした後に腹のあたりで手の平を合わせて、深々とお辞儀をする。
百貨店で客人を出迎えるミス・インターナショナルのような、そんな品のある動作を演出していた。
「どうもありがとうございます。と、言いたいようですよ」
キンシがトゥーイの言わんとしている事、伝えたい内容をすみやかに翻訳している。
魔法少女ごしに青年の意向を受け取った。
メイが安心の気配を所作のなかにふくませている。
「そうね、トゥの股関節がこわれないで良かったわ」
問題を一つ解決することができた。
しかしながら、目の前にはまだまだ解決しなくてはならない事情や事象が山のように積み上がっているのであった。
「ちょっとだけ、穴がおおきくなったから、このあたりのあかるさは増えたわね」
灰笛の雨雲の下と、魔法の鞄の中に隠されている図書館を繋ぐ穴。
現状、彼らに視界をもたらす光源は頭上の穴意外に何も無かった。
「おまかせください、なにも問題はございませんよ、メイお嬢さん」
そう言いながら、キンシが意味深にまばたきを三回繰り返している。
すると、ポワワーと、赤い光がキンシの左目から発せられていた。
「まあ、コハクの義眼が光っているわね」
非常用ライトのような光線を放つ、キンシの左眼窩をメイがちいさく驚くように眺めていた。
「べんりね、キンシちゃん」
「ええ、とても便利ですよ、メイお嬢さん。……でも」
「でも?」
「あかるすぎて、僕の眼からだと何も見えないんですよ」
キンシは両の手のひらを上に、左手に槍を携えたままで、お手上げのポーズを作ってみせている。
「だめじゃない」
メイは一瞬だけツッコミを入れる自分を自制しようか、頭を静かに悩ませていた。
相手を見なくてはならない。
武器をもっている魔法使いに、不必要な指摘をして自分の身の安全を守れるのだろうか。
疑問を抱いた。
だがすぐに、メイはキンシが自分のことを決して傷つけないであろうという確信を得ていた。
驕ったものの考え方ではある。
メイはそのことを自覚していた。
「そうですね、このままだといけないです」
メイの思考の奔流など露知らず。
仮に知っていたとしても、キンシにしてみればその問題は大した事柄でも無いと思われた。
「僕が見えないままだと、お嬢さんを図書館の奥にご案内できませんしね」
キンシは早めに諦めをつけている。
左手で光る義眼をおおう。
手の平の内に収まる光は、手が離れるころには何事も無かったかのように消灯されていた。
「またまっくらね」
メイが状況が元に戻ってしまったことを嘆いている。
そうしていると、彼女の視界の左側から別の、新しい光源がもたらされていた。
「…………」
見ればそこには、トゥーイが魔力鉱物を内部に含んだランタンを携えているのが確認できた。
キャンプサイトのあたたかなテントの中に設置されているかのような、なんともいい具合のアンティークな雰囲気のあるランタン。
ランタンの内部には、紫水晶にとてもよく類似した魔力鉱物が内蔵されている。
光の正体は魔力鉱物で間違いないようであった。
「なんだ、べんりなものをもっているじゃない」
メイがため息のようなものを唇からこぼしている。
「さいしょからそれをつかえば良かったんじゃないかしら?」
メイが割かし直球かつ直接的な文句のようなものを口にしている。
「さて、行きましょうか!」
だがキンシの方は白色の魔女のコンプラインなどまるで気にかけていないようであった。
……………。
「あ、そうだ」
図書館の中。
「水」と呼ばれる魔力の要素、海の中に類似した空間にて、キンシがふと一つの用事を思い出していた。
「忘れちゃいけないことが、まだありましたよ」
「あら? どうしたの、キンシちゃん」
まだ「水」の中における移動方法に慣れていないメイは、トゥーイの腰に抱きつくような格好で図書館の内部を移動していた。
立ち止まる。
……といっても、今のキンシの足元には立ったり止まったりすることが出来る足場は用意されていなかった。
足元には床なんてものは存在していない。
底の見えない、深海のような暗がり。
魔力鉱物入りランタンで照らしたとしても、そこには果ての無い、夜よりも暗い闇がどこまでも継続している。
暗がりの中。
「水」に満たされている空間。
海中に沈むTシャツのように揺らめきながら、キンシはトゥーイの方に手を差し出している。
「トゥーイさん、ランタンを少し、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「…………」
キンシからの要求にトゥーイはコクリ、と首を縦に軽く振って応答をしている。
トゥーイから明かりを受け取った、キンシはそれを右手に携え、自分の右側に広がる空間へとかざしている。
暗がりしか見えなかった。
だがひとたびキンシが明かりをかざせば、そこには一面の書架がずらりと並んでいるのであった。
「えーっと? このあたりに丁度の良い一品を隠しておいたはずなのですが……」




