くだらない替え歌を歌おうか
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メイは呼吸をする。
「すぷぷぷぷ、はおぽぽぽ」
吸い込んで、吐き出される息が魔力のなかで気泡のような実体を帯びている。
「そうそう、お上手ですよ、メイお嬢さん」
メイの唇のすぐ近く、キンシはささやきかけるように白色の魔女を賞賛している。
ほのかな明かり。
川沿いに点々とともる街灯、大量の羽虫がたかる灯りの姿をメイは想起する。
ちいさく思い出にひたっているメイの脳内へ、キンシのまっすぐな賞賛の言葉が直接的に響いてきていた。
「さすが、図書館の常連客です。もうすでに、「水」の中における呼吸法を熟知しておられるようですね」
声はとても近い。
「そ、そうね」
聴覚器官の奥、頭蓋骨に内蔵されている鼓膜。
うすい膜を直接撫でるかのような、そんな魔法使いの少女のささやき。
声をメイは異物として、ブルル、と羽毛を逆立てながら聞き入れている。
「声がちかいわ、ちかくにいるの?」
メイは唇の端から空気のような、肉体の内側から排斥される二酸化炭素、その他もろもろの要素をこぼしている。
白色の魔女の唇から生まれた泡がキンシの右頬にぶつかり、ぷくぷくと細やかにはじけている。
「僕はここにいますよ。あなたのすぐ近く、後ろや隣とは言わず、あなたを抱きしめたいほどの近さでささやき声をお届けしておりますよ」
大量の違和感ににじんでいた視界が、だんだんとクリアになっていく。
メイは何回かまばたきをする。
「いやはや、メイお嬢さんにご一緒していただけるなんて、僕……なんだかドキがムネムネと緊張しちゃいますよ」
「それを言うなら、胸がドキドキ、じゃない? キンシちゃん」
声を何回か聞いた。
その所で、メイはキンシの距離の身近さに気付きはじめていた。
「あの、キンシちゃん?」
「ん? いかがいたしましたか? メイお嬢さん」
メイの声音を耳の産毛、ねずみ色の毛先にふるふると震えながら敏感に聞き取っている。
「なにか、図書館のご利用についてご不満の点がございましたか?」
キンシが不安そうにしている。
だが魔法使いの少女の抱く気がかりは、メイにしてみれば見当違いもはなはだしいものでしかなかった。
「ほうら、ほうらほうら、なんでも僕に、この図書館の主であるキンシにご相談をしてくださいませ」
「そう、じゃあ、まず顔を離してくれないかしら?」
これから口づけでもするのではないか。
そんな不安か期待か、なにかしらを想起せずにはいられない。
距離感について、メイは早急なる解決策を求めている。
「ああ、はい、分かりました?」
キンシはメイからの要求をあっさりと聞き入れている。
「それにしても、まっくらね」
魔法少女が適切な距離感を保っている。
そのことを確認した、メイは一つだけ得られた安心感のなかであらためて周辺の様子を確認している。
図書館は実に暗かった。
十歩あるいた先はなにも見えない、暗がりがどこまでも広がっている。
「海岸線に降り注ぐお日さまのお力を借りられなくなっちゃいましたからね」
キンシが申し訳なさそうに、言い訳らしきものを口にしている。
「いままでは、あのガケに降りそそいでいた太陽の光をつかって、図書館のなかを照らしていたの?」
キンシの言い訳の内容から、メイはかつて図書館の中に機能していたはずの光源の在りかについてを想像している。
「あれって、あの光って、自然光だったのね……」
「ええ、そうなのですよ」
メイの理解力に甘える形として、キンシはかつての暖かな光をなつかしんでいた。
「シグレさんにもお引っ越しの挨拶をしていないままですし……」
言い終えるや否や、キンシは大事な用事をここで、この場所、この場面にて思い出しているようだった。
「……ああああ! そうでした、そうなんでした! シグレさんへのご挨拶がまだ終わっていませんでした!」
「お、落ちついて、キンシちゃん」
急にあたふたとし始めたキンシをなだめるように、メイが少女の左手にそっと触れている。
「いまはとにかく、目のまえにある用事や問題をかいけつすることをユウセンしましょうよ」
「そ、そそ……そうですね」
メイに左の手の平をギュッと握りしめられた。
白色の魔女の少しひんやりとした体温に、キンシは一時的な安らぎを得ている。
「とりあえず、崖の下に降りそそぐお日さまのお力は借りられないので、今は仮の明かりで我慢してもらいましょう」
「仮の明かり?」
なにを使うつもりのなのだろうか?
メイはキンシの姿を見守っている。
「トゥーイさん、トゥーイさんはいらっしゃいますか?」
キンシが同業者である青年魔法使いの名前を呼んでいる。
「……」キンシは視線をきょろきょろとしている。
「……?」メイが、名前を対象としている青年の姿を探している。
二秒ほどの沈黙。
その後に。
「ごぼぼぼぼぼぼ! ボボボボボボボッ!!」
激しい空気の気配が、キンシとメイの頭上から降り落ちてきていた。
「うわあ?!」
音の激しさにキンシがびっくりと、身を緊張させている。
「あらら」
音の正体を早くも察していた、メイは呆れるような視線を頭上に向けている。
彼女たちが見上げる先。




