強力な鞄の中身を教えてくださいな
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「いやあああ!」
魔法の鞄に触れた、メイは拒絶の声を上げていた。
「いや、いやあ! やめてっ! さわらないで!!」
魔力の奔流、大量の情報量が一気に脳内を駆けめぐった。
光が明滅する。
チカチカ。
点滅はそれぞれに指となる。
人間の口の中にあるモノ、舌、ヌメヌメと柔らかい触手のように、感覚はメイの意識を舐め回していた。
「やめてぇ……舐めないでぇ……」
錯乱の勢いも虚しく、メイはすぐに力に圧倒され、屈服されてしまっている。
諦めた。
やがてそれは快楽となり、静かな震えとなって彼女にひとつの意味を届けている。
それはひとつの単語、文節、文章となってメイの頭のなかに意味を届けていた。
…………。
「殺してやる?」
……………。
メイが呟いていた。
内容にキンシが返事をする。
「ええ、そうです。殺してやる、ですよ」
メイの呟きにキンシが賛同の意を伝えていた。
「それが、僕が最後に聞いたナナキ・キンシの言葉です」
キンシが淡々と事実を伝えている。
自らを「キンシ」と名乗る、偽りの名をもつ魔法使いの少女。
彼女が膝を曲げて、自分の所有物である魔法の鞄の蓋をあけている。
小さな金具がパチリ、と音をたてて開錠されている。
「だれを? だれを殺すつもりだったの?」
言葉の暴力性に怯えると同時に、メイは声が定めている獲物の形を知ろうとしていた。
知りたいと同時に、事実を受け入れたくないという拒絶が、彼女の胸元をおおう白色のやわらかな羽毛を平らかにしている。
「それはもちろん、恐ろしき人喰い怪物のことでしょう」
白色の魔女から求められた解答を、キンシは己の推測にて語っている。
「あるいは、人喰い怪物の存在を受け入れた……──」
そこまで話したところで、キンシはふと言葉を中途半端に区切っている。
しゃがみこんで、キンシは自身の魔法の道具のひとつ、一部分でもある鞄の様子を探っている。
「んるるるる……?」
キンシが喉の奥を鳴らしている。
その音色が快感によるものではなく、不快感を基軸にしていること。
感情の微妙な変容を、メイは目ざとく感じとっていた。
「どうしたの? キンシちゃん」
メイはすこし身を屈めてキンシの様子をうかがっている。
「はやく、オーギさんの言っていた目的地に向かわないと」
本来の目的を忘れさせない。
という、もっともらしい理由は第一にはあった。
なのだが、しかしながら不安はぬぐえない。
それ以上にメイはキンシの様子になにか、何かしら、ただならぬ危機感を覚えているのであった。
「何をおっしゃいますやら、メイお嬢さん」
だがキンシの方はすでにメイの提案を、すなわちオーギの、事務所からの仕事内容を一時的に拒否する準備が整っているようであった。
「オーギ「さん」ではなく、オーギ「先輩」とお呼びしてさしあげないと。また、先輩に怒られてしまいますよ?」
キンシは子猫のような耳をピン、とまっすぐ立たせながら、すでに左足を鞄の中に突っ込んでいた、
「ちょっと鞄の中身、図書館の様子がおかしいので、ちょっと……ちょっとだけ、様子を見てきまーす」
言うや否や、キンシの体はすっかり鞄の中身へと吸い込まれていった。
「ああ! キンシちゃん!」
どう見ても普通の鞄に、魔法少女一人分の体がすっぽりと吸い込まれていった。
メイはその状況に驚くと同時に、すでに頭の中では状況の旨を把握するために動き出そうとしていた。
「待ちなさい! まったく、お仕事をホウキして、なんてわるい子!」
事前に魔法の鞄の正体を明かさなかった。
後出しジャンケンに叱責を送るついで、あくまでもついでとして、メイはキンシの後を追いかける。
決してまた魔法の図書館の秘密に、眠る竜に会える。
あの美しさを目にすることができる。
己の欲求を発散することが出来る機会を得た、ということに喜びをおぼえているわけでは無い。
と言うことを証明するために、白色の魔女は子猫の魔法少女を追いかけている。
「…………」
彼女たちの後を、トゥーイが無言で追従していた。
…………。
「かぽぽぽぽ……!」
鞄の中身は大量の魔力、「水」と呼称される液体にとてもよく似た要素で満たされていた。
メイは通常の空気とは大きく異なる空間に戸惑う。
肉体が瞬間的、反射的に拒絶反応を示している。
陸の生き物が海の中に沈んでしまう。
本来ならば住むべき場所、存在していい区域ではない、一方的な事実にメイの肉体から呼吸が奪われようとしていた。
メイの視界がかすむ。
彼女の体表、胸元に生えている白色の柔らかな羽毛が「水」の中に揺れ動く。
「メイお嬢さん」
白色の魔女の瞳、紅色の虹彩に重ね合せるように寄せているのは、キンシの右目であった。
「落ちついてくださいませ。大丈夫です、これらは害意があるものではございません」
キンシはメイに思い出させようとしている。
「口の中に受け入れてしまえばいいのですよ。ほら、吸って、吐いて」
「う、うんん……」
魔法少女に勧められるままに、メイは口の中に「水」の塊を取りこんでいった。
昼間の雨のような、生温かさが魔女の咥内、喉の奥、肺の中、肺胞のそれぞれを満たしていく。




