灰笛こういう風にだまされるからいけない
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「あら、ざんねん」
パッと体を離したキンシの姿を、メイはすこし残念そうに見上げている。
「もっと、じっくりと、よしよしとしたかったのに」
空になった手の平を、メイは欲求不満のようにワキワキとうごめかせている。
「およしになってください、メイお嬢さん」
白色の羽毛を生やした魔女の指の動きを見ながら、キンシはきまりが悪そうに、ゆるやかな拒絶の意を主張している。
「僕はもう、あなたのようなお人に頭を撫でられなくちゃいけないような、そんなやわな区域はとっくに通り過ぎたのですよ」
自らの成長の具合を伝えようとしている。
しかしながらメイには、キンシの意見はあまり意味をなしていないようであった。
「あらあら、強がっちゃって」
メイは微笑みよりも少し気配の強い、にんまりとした笑みを口もとにたたえている。
「夜中とか、ひとりさみしいときなんかは、こっそり私に会いに来てあまえているのにね」
「メイお嬢さんっ?! 今それを言う必要はいずこにございますかっ?!」
うっかり恥ずべき秘密を暴露されてしまった。
「…………」
トゥーイが道端に革張りの財布を見つけてしまったかのような、そんな視線をキンシに向けている。
「な、なんですか……トゥーイさん」
魔法使いの青年の左目にジッと見つめられている。
キンシは途端に居心地を悪そうに、身の隠しどころを探すようにもぞもぞとしていた。
「そ、そのような……可哀想なものを見るような視線を向けないでくださいよ……」
次の瞬間にはキンシはいてもたってもいられずと、白い頬を赤く染めて恥を噛みしめている。
「んるるるる……なんだか、もう今すぐ家に帰りたくなってきましたよ……!」
「あらキンシちゃん、もうあそこは安心できるおうちじゃないのよ?」
忘れかけていた要素を、キンシはメイからの指摘によってあらためて自覚させられていた。
「ああ、嗚呼……そうでした、そうだったのでしたあー……」
キンシは雨に濡れた髪の毛をワシャワシャと、雑に掻きむしるようにしている。
「あの住み家はいまや、「集団」の魔の手にすっぽりと、頃合いよくぬるくなったゆで卵のように手中に収められているのでした……!」
キンシは自責の念に駆られている。
「それも、そもそも僕が慌てず、押さず、走らず、喋らず、戻らずにいられたら……! 何ごとも起こらずにいたものを」
「んんー? それはちょっとちがうと思うわよ? キンシちゃん」
メイはまだ記憶に新しい出来事、事件の概要を簡素に振り返っている。
「たとえキンシちゃんがあの場できゅうにイノチと落としたとしても、あの人たちはかってに図書館の秘密をあばいて、あわよくばお持ちかえりしたと思うの」
状況の最悪さ具合を、しかしてメイは幸いなこと、楽しかった過去の思い出のように語っている。
そんな白色の魔女の様子に、キンシは大して嫌悪感を抱いていないようであった。
「そうですかね、そうなのですかね?」
愚鈍なる魔法少女は、ただ白色の魔女のなぐさめだけを素直に聞き入れているだけであった。
「そうだとしたら、僕も少し安心を……──」
「でも、このままだと私たち、延々と宿無しでい続けなくちゃならないのよね」
しかして、メイはキンシにすべての安心を与えようともしなかった。
「なによりもまず、キンシちゃんの、ううん、ナナキ・キンシの魔法のヒミツをあばかれてしまったのは、そうとうな痛手のはずなのだけれど?」
メイから指摘をされた。
「ああ、それについてなら、ご安心ください」
だがキンシのほうは白色の魔女の追及をサラリとした様子でかわすのみであった。
「僕の魔法の秘密……。……と言っても、メイお嬢さんもすでに何度かご利用していただいたことのあるモノにはなりますが」
キンシはおもむろに胴体へ手を、自分の体に掛けてある大きめのショルダーバッグを地面の上に降ろしている。
革製の袋がズッシリと、スーパーマーケットの屋上に形成されつつある水たまりに水しぶきを飛び散らせている。
「なんだか、すごくおもたそうね?」
メイは見ただけで、それとはなしに鞄が放つ異常さに気付いているようであった。
「おお、さすがメイお嬢さんです、実に素晴らしい観察眼です!」
キンシがメイのことを賞賛している。
「論より証拠。どうぞ、触って確かめてくださいませ」
「んんん?」
キンシが「さあさあ」と、メイに鞄に接触することを推奨している。
これが少しでも、僅かでも、ティースプーン一杯分の敵意でさえも含まれていたとしたら、罠の一環として受け取っても可笑しくはなかっただろう。
笑い事では無かっただろう。
「さあさあ恐れずに。決して遠慮はありませんよ?」
魔法少女の耳。
黒色の柔らかな体毛に包まれた、三角形の薄い聴覚器官はピン、とまっすぐ立っている。
「んん……」
メイは小さく息を吸い込んで、雨に濡れる鞄にそっと触れている。
触れた瞬間、魔力の奔流がメイの肉体を翻弄していた。
「きゃああ?!」
メイがたまらず悲鳴を上げている。




