背伸びしながら罪を数えよ
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ヨーグルトと鮮度の高いマンゴーの果肉を混ぜ合わせた、飲料は容器のなかでひんやりとしていた。
ちゅうちゅう。
ちゅうちゅう。
キンシがストローを使いながら、食後のドリンクを楽しんでいる。
「キンシちゃん、あんまり飲みすぎると、おしごとちゅうにおしっこしたくなっちゃうわよ?」
キンシが容器のなかの最後の一滴を吸い取るころ。
その頃にはすでに、トゥーイとメイは使用した食器や料理器具を洗浄し終えていた。
「これも、魔法のひとつなのかしら?」
メイがトゥーイに問いかけている。
彼女の目が見ている先には、魔法によって作られた透明な液体の様なもの、魔法使いたちのあいだでは「水」と呼称される物体が浮遊しているのであった。
ふわふわ。
ふわふわ。
浮かんでいる「水」のなかには、この場面にいた人間たちが使用した空の食器が閉じこめられていた。
「このお「水」って、お皿あらいにもつかえるのね」
メイはちいさく感心をしている。
「どうせなら、ウワサに聞く? 全自動食器洗い機みたいな、そんなべんり機能もつけてくれればいいのに」
白色の羽毛を持つ魔女の願望に、キンシが派手に否定をあらわにしていた。
「むりむりむり、それは無理なご相談ですよ、メイお嬢さん」
キンシは首を左右にぶんぶんと振り、白色の魔女が要求せんとしている内容の困難さについてを語ろうとしている。
「自分の魔力の中に異物を認識し、そこからさらに対象に含まれている問題……この場合は食べかすということになるのでしょうか? いずれにせよ、深手の裂傷やら腐りかけの挫傷であったら、さらなる意味と意向を魔法に含ませないといけないのですよ……!」
「分かったわ、キンシちゃん」
熱に浮かされるかのように語っている。
魔法使いの少女の言葉を耳に受け止めながら、メイは「水」の中にある皿にスポンジをあてがっていた。
「これいじょうベンリにしようとするのは、キンシちゃんの魔法ではまだまだ、無理そうなのね」
「ええ、ええ! そうです、おっしゃる通りですメイお嬢さん」
キンシはまるでメイが最初から最後まで、全ての最適解を知っていたかのような、そんな期待に瞳をキラキラときらめかせている。
「とりわけ傷の治療に関して、不浄を祓うには、それはもう長年と熟練にてなお新鮮さを失わない探究心を持ち続ける必要があるのです!」
「そんなひと、いったいぜんたい、どこいるのかしらね?」
魔法少女が理想論を語っているのに、メイはすでに聞き慣れた様子で言葉を聞き流そうとした。
だが、そこでふと、メイはキンシの主張にある欠落を思い出している。
「あら? でも図書館の地下室には、キンシちゃんに作られた、おおきな、おおきな、魔法のベッドがあったじゃない?」
メイは洗い終えた食器を白い清潔な布巾で余分な水分を拭き取っている。
「あれは、キンシちゃん、あなたのお父様を治療するための行為、ということになるのよね?」
白色の魔女から指摘をされた。
キンシはそれまで気楽に連続させていた言葉を、とても分かりやすく中断させていた。
動揺してはいけない。
そう自分に教えてくれたのは、いつかの誰だったか。
「答えたくないのなら、私のこれはただのひとりごとよ」
すでに沈黙としての質量を得てしまった。
空白を、しかしてメイはさして自責の念に囚われる訳でも無く、あくまでもごくごく自然な対応にて場面を見えないところへと流そうとしている。
「さてと、おかたづけ終わり……」
「それに関しては!!」
メイはビックリと、体表に生えている純白の羽毛をシュ……! と細くしている。
声のする方を見る。
キンシが両の拳を固く握りしめている。
心臓の辺りを何ものか、危険なものから守るように身を縮ませている。
「あれは、……僕の、僕なんかの魔法ではないのです」
「ほかのだれかが作ってくれたものなの?」
魔法少女がかなり動揺をしている。
メイはまずその事実を念頭に、彼女から得られる情報を一欠けらも聞き逃さないよう耳を澄ましていた。
スーパーマーケットの屋上。
先輩魔法使いのオーギが作成した魔法の傘は、そろそろ効力を失いつつある。
キンシとトゥーイ、二人の魔法使い。
あとはメイという名前の、幼女のような姿をした魔女が一人。
それ以外の人間、他人がいないことを、メイは無言のなかでこっそり視線をめぐらせながら考えている。
「お父さんを……。……先代の「ナナキ・キンシ」を守った魔法使いは、僕のせいでこの世界からいなくなってしまったんです」
キンシはなるべく平常心を保とうと、口元に笑みを意識しようとする。
「図書館にある、決して触れてはいけない禁書。
世界の本当の姿が記されているという、強固な封印を解こうとした。
……その反動、呪いの力は……。
ああ、嗚呼……いま思い出すだけでもおぞましいものでした」
しかしてついに堪えきれなくなったのか、キンシの顔面には見る見るうちに血液の気配を喪失していった。
「キンシちゃん、おちついて」
「ナナキ・キンシ」という名前の魔法使いの身に起きた悲劇、その一部分を知った。
しかしながらメイは少女の苦しみの向こう側に、まだ知り得ぬ事柄、この世界が秘密にしようとしている言葉の数々に恐怖か、興奮か、すこしの好奇心に羽毛を膨らませていた。




