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お昼はマンゴーラッシー

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「いただきます!」


 こらえきれないキンシはトゥーイの用意した折りたたみ椅子の上にて、両手を食事前の儀式として合わせている。


 食材に対して、自分のために消費される命に感謝する。

 料理を作成した料理人に対して、最大限の敬意を払う。

 食材を使用できるために、それを生産した人々のために。

 食事行為を可能とする自らの健康を祝う。

 食品を安心安全、確実流通させる社会の機構に感動する。

 資本主義という比較的マシな呪いの果てに、無事に食事行為を叶えた自らの必要最低限の豊かさは有り難く。

 単純に食物を美味いと感じる自らの味覚、そこにいたる食生活の積み上げは無駄ではなかった。

 神様を信じる訳では無いにしても、神的な支配者がいると仮定して、彼らはこうして日々の糧を彼らに許した。


 ……その他諸々、語れば百行はおろか、十万行の原稿用紙の束でも語り足りないくらいである。


 それはそれとして、しかしながら、キンシの口の中にはすでに料理が咀嚼(そしゃく)されているのであった。


「もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ」


 キンシは口の中で料理を味わっている。

 堪能する。

 牛肉の深い、生命の濃密さと鮮烈さと通ずる肉と脂の層が舌の上に潤いをもたらす。

 ネギの風味が鼻の奥を春先のそよ風のように通り抜けていく。


「むぐむぐ、むぐむぐ、むぐむぐ」


 アスパラガスの歯ごたえ、程良いかたさが奥歯に伝わる。

 熱に炒められてもなお鮮度を保ち続けている

 

 食材のどれもが生きていた時間、消費される瞬間までの鮮烈さを今もなお主張し続けている。

 それと同時に、調理行為の全てがミステリー小説の伏線のように整い、口の中で味という結末に結びついている。


「よく噛んで、食べるのよ」


 メイがキンシの膨らむ頬を愛おしそうに見つめている。


「むぐむぐ……ひゃい」


 キンシは左手で口元を隠しながら、メイの言うことに返事をしている。


「さて、さてさてなんだか」


 オーギがパックの白米を飲み込みながら、トゥーイに向けて話しかけている。


「オレはこのまま、この区画の警備的な? 色々を任されている訳なんだが」


「あら? そうなの」


 メイは納得をしかけたところで、ふと、気がかりなことを見つけている。


「でも、まだスマートフォンで検索した怪物さんに会っていないわよ?」


「それなんだが」


 オーギは待っていたと言わんばかりに、意思の固まった視線をメイに差し向けている。


「今日のところはお前らだけで、怪物の退治に向かってほしいんだよ」


「んぐっ?!」


 オーギからの提案に驚いているのは、キンシの喉もとであった。


「んぐぐ……ごくん」


 キンシはとりあえず口の中のものを飲み込んでいる。

 そして、そのあとにすかさずオーギへの疑問を彼に向けて投げかけていた。


「ちょ……ちょっと待ってくださいよ、オーギ先輩」


 キンシは左手に箸を構えたままで、先輩魔法使いに不安を主張している。


「ぼぼ、僕たちだけで、スマフォの検索に引っかかってしまうような……危険な怪物の対処をしろと。そう言いたいのですか?」


「おうともさ、いわゆる分担作業ってやつだ」


 オーギは自らの武器である魔法の薬箱の上に座りながら、手の中では早くも食事行為を終わらせようとしていた。


「事後処理ってやつがいまだに終わってくれそうに無くてな、色々と話を着けなくちゃいけねェんだわ」


「そ、そんなあ……」


 キンシは食事の途中にもかかわらず、半分だけ満たされた腹を抱え、おろおろと意識をさまよわせている。


「僕たちだけで、ちゃんとこの灰笛(はいふえ)の皆々様の生活の安全と安心を守れるのでしょうか……?」


「あら、キンシちゃん、そんなに不安がるひつようなんてないわよ?」


 メイがキンシのことをはげまそうとしている。


「私たちいがいの他のだれかなんて、みんな、ぜんぶ、どうでもいいじゃない」


 メイはお椀に付着している米のひと粒を器用につまみとり、白色の極小の食物を口のなかへとすべりこませている。


「どうして私が、好きでもない他人(ひと)たちのために、一生懸命がんばる必要性があるのかしら?」


「め、メイお嬢さん……?」


「すくなくとも私は、キンシちゃんと、トゥと、あなたたちを取り巻く親切な人と、そして、なにより、お兄様以外の人間なんて、みんな、できるだけ苦しんで死んでしまえばいい、と、思っているわよ」


「お、お嬢さん……! 落ち着いてください……っ!!」


 幼女のような姿の魔女に、子猫のような耳を持つ魔法使いの少女が底知れぬ、得体の知れぬ恐怖心を抱いている。


 彼女たちを横目に、オーギは空になった食器を片づけようとしている。


「ふいー……ごっそさん、美味かったぜ」


「おそまつさまです」


 メイがひらりと身をひるがえして、オーギから空の皿を回収している。


「それじゃあ、オレは食後直行にて個々の責任者と会議的なアレとかソレとかしてくっから」


「いってらっしゃい」


 去りゆくオーギの姿を、メイがちいさく手を振って見送っている。


「あ! 待ってください、オーギ先輩!」


 キンシがオーギを呼び止めようとしている。


「お飲物! お飲物を忘れていますよ!

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