暗い話は魔法のあとでしようか
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「ここに書いてあるのを買ってきてちょうだい」
メイの申しつけに従って、キンシとオーギがスーパーマーケットの店内に戻っているのであった。
「一番体力あるやつが、どうして屋上で留守番なんだよ」
オーギがトゥーイの不在に関して文句のようなものを言っている。
「それは、たぶん仕方がないことですよ、オーギ先輩」
キンシが先輩である魔法使いに、ここにはいない青年についての弁明を行っている。
「ガスコンロ代わりに作った魔法陣の調子は、おそらくですが、作成した本人にしか分からないような、……なんといいますか、繊細な問題というものがあるのでしょう?」
疑問符のメロディーを使いながら、具体的なことはなにも言おうとしない。
のは、誤魔化しや逃避というよりかは、キンシ本人が単純にトゥーイの魔法のことを理解していない。という理由があるのだろう。
「オレもなあ、イラストレーションやらデザインに関してはまったくもって専門外だからなあ」
オーギはあくまでも「魔法使い」として、他人の作品を不必要に批判することを避けているようであった。
「まあ、あれだ、買い物くらいならオレら二人でも充分にできっから、なんも問題なんてねェんだけどな」
オーギは事にあたる簡単な問題だけに注目しようとしている。
「なんつったってオレらは魔法使い、たとえ米袋十個を要求されたって無問題のモーマンタイだっての」
先輩である彼が異国の言葉を使って自らの安全を主張している。
「あー……でも」
「ん? どうしたんですかオーギ先輩」
話はそれで終わるものかと、そう思い込んでいたキンシが言葉の続きを意外に思っている。
キンシの視線を左側に、オーギは個人的な不満点を後輩である少女に打ち明けている。
「オレ、スーパーマーケットの冷房とか、あの肉とか魚とか置いてあるとこの寒いの、正直ニガテなんだよな」
「なにをおっしゃいますやら」
キンシが珍しくオーギに対して呆れのような感情を抱いている。
「今しがた「魔法使い」の頑強さについて論を語った人が、たかが温度調整に文句を言っている場合じゃないでしょう?」
「そう思うだろ?」
キンシからの正論のようなもの。
それに対して、しかしながらどうやら、オーギの方ではその向こう側の展開をあらかじめ用意しているつもりであるらしかった。
「そういう訳だから、オレは比較的寒くねェであろう野菜コーナーに逃げる。後は任せた」
「え、あ! ちょっと?!」
オーギがそそくさと逃げていく。
その背中にキンシはなにか、何かしら、言葉をぶつけようとした。
「えっと! お買いものの内容はちゃんと覚えているのですか?!」
しかし実際に口をついて出てきたのは、およそ自分の感情にそぐわない心配のひとつであった。
「だいじょーぶ、お前と違ってオレはキッチリしっかり暗記しといたから」
後輩魔法使いの気遣いを都合よく受け取りつつ、オーギは背中越しに彼女に向けてサムズアップだけをしていた。
…………。
場所はまたスーパーマーケットにて、屋上に移る。
「ただいまです」
「おかえりなさい、キンシちゃん」
イエロートルマリンに透き通る魔法のテントの下、メイがキンシ達の帰りを受け入れていた。
「私のいとしいかわいい子、お買いものはちゃんとできたかしら?」
メイは踊るような足取りで、キンシのもとに近づいてきている。
「もちろん、しっかりと任務は果たさせていただきましたよ!」
キンシとメイがウキウキとしたやり取りを交わしている。
彼女たちの密接、それを横目にオーギがトゥーイに色々な事項を確認していた。
「ふいー材量やら何やら揃ったんやし、早よお昼飯作ってくれや」
「…………」
要求をされた。
トゥーイ等は早速調理に取りかかっていた。
「えっと、えぇっとお? 僕はなにかお手伝いすることはございますか?」
キンシがそわそわとした様子で、まずはメイに仕事の要求をしていた。
「そうねえ」
メイはすこし考える。
キンシの子猫のような聴覚器官がピン、とまっすぐ立っているのを見ている。
「じゃあ、キッチンを用意してくれないかしら?」
「合点承知です!」
キンシは意気揚々に嬉しそうに、やる気に満ちた表情で左手をかざしている。
「ちょっと難しい魔法を使うので、包帯は取っ払っちゃいましょう」
右手でシュルリ、シュルリと包帯を剥ぎ取っている。
しっかりと肌に密着しているはずの布は、持ち主の意向に従って意外にも簡単に開放されていた。
「ところでここで少し僕の秘密を打ち明けてみましょう」
「あら、なにかしら」
キンシの提案にメイが小首をコクリとかしげている。
魔女の白い肌に、キンシは事実をひとつ打ち明けている。
「実は僕はものすごい根暗なので、日曜日に仲よくデートをしているカップルを見つけると、ほぼ無条件でその存在を呪わずにはいられないのですよ」
キンシの告白に反応を返しているのはオーギであった。
「おい、それってオレへの当てつけか?」
オーギはそう言いながら、その手には謎のスプレーを用意している。
「いえいえ、いいえ、決してそのようなことはございませんよ」
キンシはそう言いながら、簡単な魔法を使うための準備を小さく整えようとしている。




