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あの労働環境に閉じ込められている

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます!

「今週末はエナと灰笛(はいふえ)の地下街で買い物する予定があるんだよ」


 オーギが理由を語っている。

 事務所の先輩としての威厳や甲斐性よりも、そんなものよりも、優先しなくてはならない事項をこの若き魔法使いは知っているらしかった。


「おお、おおおおお……!?」


 オーギからの告白を受け取った。

 キンシが、黒髪の中に生えている子猫のような聴覚器官をピン、とまっすぐ立てている。


「エナさん! シマエのご令嬢と週末デートのお約束ですか!」


「あー……まあ、そんなところだ」


「いいですねえ! どうか、お嬢様との関係が週末に終末を迎えないことを切に願わせていただきますよ」


「余計なお世話じゃい」


 オーギとキンシが言葉、慣れ親しんだ内容のやり取りを交わしている。


 事務所の若き魔法使いたちの会話を聞いている。

 メイがトゥーイに質問をしている。


「ねえ、トゥ、エナっていうのは、シマエ・エナさんのことかしら?」


 キンシ等が所属している魔法使い事務所の所長。

 ……と、言うよりかは立場的にはほぼ社長に等しい男性。

 シマエ氏の一人娘。


 彼女がどうやら、オーギの今週末の予定に登場する『小さな恋のメロディ』であることは確定事項であるらしかった。


「まあまあ、このごじせいに、わかい男女でデートなんて」


 少し未熟な苺のように瑞々しく、甘酸っぱい情景。

 それについつい、メイは老婆心らしきものを胸の内に転がさずにはいられないでいた。


「だいじょうぶかしら? オーギさんに、ちゃんと紳士的なエスコートが出来るかしら?

 危なくないかしら? なにかわるい人におそわれたら、オーギさんはエナちゃんを、絵本のなかの白馬の騎士さまみたいに、ちゃんとかっこうよく守ってあげられるのかしら?」


「色々とご心配どうも」


 オーギはメイが自分の事を「先輩」として扱うのを忘れている、ということには深く追及をしないでいる。


 それよりもと、オーギはメイの好奇心を抑え込むことの方に注力したがっているようだった。


「お前さんが不必要に心配することなんて何もねえよ。

 よっぽど、この灰笛(はいふえ)の道を「普通」に歩いてりゃあ、よっぽど危険な事ァ起きやしねえよ」


 オーギはあえて楽観的な予想をたてようとしている。

 しかしながらポジティブは長続きはしてくれなかったようだった。


「なんか……改めて考えてみたら、ちゃんと成功するのか不安になってきたじゃん……」


 恋人関係ということで、流石のオーギも胸の内に不安感を増幅させずにはいられないようであった。


「あー……駄目だ、ダメダメ。(おんな)じとこで固まってウネウネ考え続けたってしゃあねえや」


 オーギは気分を切り替えようとする。

 そのついでと言わんばかりに、視線をキンシの方に差し向けている。


「キー坊、ちゃっちゃと昼飯用の材料を買い出しに行くぞ」


「は、はいっ!」


 キンシは先輩魔法使いである彼の声に反応するように、足を一歩前に進ませようとした。


 だが実際に進んだのはその一歩だけで、あとは中途半端に足を止めたままにしている。


「……えっと、ところで、材料はどのようなものを購入すれば良いのでしょう?」


 いくら魔法使いであっても、レシピもなにも分からないままで料理を行う勇気は、現状持ち合わせていなかった。


 若き魔法使いたちが困惑している。

 その様子を確認した、メイが思い出したかのように腕をちいさく動かしている。


「ああ、うん、ちょっと待ってね」


 メイはポシェットからひとつ、ちいさめのスマートフォンを取り出している。

 シンプルなグラフィックデザインがほどこされたスマホリングが小さくきらめいている。

 メイはリングの内側に左側の指をひっかけつつ、右の指先で電子画面を操作している。


 画面が白色の魔女の指先に反応して明滅をする。

 光る滑らかな表面を撫でつつ、メイは目当ての文章をすみやかに検索し終えていた。


「これは? なんです、メイお嬢さん」


 スマホエチケットやらなんやら、それらしいマナーなど知ったことか。

 勝手に画面をのぞきこんでいたキンシが、素直な心持ちのままでメイに聞いてきている。 


「おや、かの緑で有名なメッセンジャーアプリではございませんか」


「ええ、そうよ。私ね、じつはここである人と、このあいだなかよしになったのよ」


 メイはすこしはずかしそうに、絹のハンカチーフのようになめらかな頬をポッ……とほんのり紅色に染めている。


「とっても紳士的なひとで、お料理が趣味みたいなの」


「おお……確かに、メッセージの文面からそこはかとないお育ちの良さと気品とその他もろもろ、年上の女性を虜にするであろう要素が感じられますよ」


「何をテキトーなことを」オーギはキンシの称賛に異論を唱えそうになった。


 だが途中で、オーギは自らの反論を己が手で握り潰している。


「あー……いや、うん、こいつのこう言う感覚って、結構洒落にならんくらい当たるんだったな……」


 まるで実体験があるかのようにしている。

 オーギは少しだけ不気味な過去を思い返しているらしかった。


「とりあえず」


 メイとしても彼の過去をぜひとも掘り返したかったが、しかし、いまはもっと別のことを優先しなくてはならなかった。

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