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たまりにたまってあふれそうです

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます……。

 魔法使いたちは雨に打たれていた。


「とにもかくにも、色々ありましたが、無事に転移魔術式が使えるようになって良かった、良かったですよ」


 キンシは上着に縫い付けてある頭巾(フード)から滴り落ちる雨水をながめている。


「お店側から、お礼にお昼ご飯のカップラーメンまで支給されましたし」


 キンシは手の中に一個の即席麺をもっている。


 [鳴門金鶴ラーメン]と刻印されている。

 明るい赤とオレンジ色の縞模様が親近感を持たせる文字。

 あまり洗練されているようには思えないデザイン。

 野暮ったさが色濃く残るプリントを、キンシは右手の親指で小さく撫でている。


「今日はとても良い日ですね、オーギ先輩」


「いや、そうはならねェだろうよ」


 後輩である、魔法使いの少女がポジティブシンキングを稼働させようとしている。

 それに対して、オーギは至極真っ当なる反論を速やかに用意していた。


「なんでわざわざ店の備品をなおしに来たオレ達が、こんな野ざらしのあまざらしでカップ麺食わなくちゃならねぇんだっての」


 オーギが憤っている。


「怒ってもしかたがないわよ、オーギセンパイ」


 若き魔法使いをメイがなだめすかすようにしている。


「殺し屋さんといっしょの空間にいたくないっていう、ふるき良きミナサマのお気持ちもちゃんと、かんがえてあげなくちゃね」


 メイは透きとおる雨合羽(あまがっぱ)をそよ風にひらめかせながら、オーギに公平な心を持つことを呼び掛けている。


「べつにいいじゃない。アナタたちはその気になればお店のなかにいるミナサマを、皆殺しにできるんだから」


 白色の羽毛をなめらかに、メイは魔法使いたちに平等性を訴えかけている。

 

 いくらか魔法使い側に対する実際上の害を多く含んでいるように聞こえる。


「あいてが憎いなら、殺しちゃえばいいのよ」


 しかして白色の魔女の方は、あくまでも魔法使いたちの味方だけをするつもりであるらしかった。

 ……今のところは。


「いや、べつにオレだってわざわざ人間なんかを殺したいわけじゃないんだが……」


 白色の魔女の擁護にオーギが戸惑いを覚えている。


「オーギさんの言う通りです!」困惑する先輩魔法使いに、キンシが助け舟のようなものを送ろうとしている。


「人間なんか殺しても、ただ気持ち悪いだけですよ」


 キンシは真面目かつ真剣に語る。


「肉や骨は切り甲斐(がい)はありませんし、かと思えば皮膚は意外にも頑丈で面倒くさいですし。

 死体はあっという間に腐って、なんか緑色になってヌメヌメしますし。

 臭くて醜くて、朝の灰笛(はいふえ)の繁華街に落ちてる吐瀉物(としゃぶつ)よりも汚いですからね」


 ここまでキンシはとても丁寧な発音、かなり聞き取りやすい発音で自らの感覚を語っていた。


「わざわざ気持ち悪いものを無駄に増やす必要もありませんよね」


 語り終えるころには、キンシの声色はいつもの弱々しいものに戻りつつあった。


「なにより、怪物と違って魔力鉱物も収穫できませんし」


「結局のところ、その辺が一番の理由だよなあ」


 キンシの締めくくりに、オーギが気だるげな様子で同意を返している。


「怪物を一つ殺せば、一家が一カ月安泰に暮らせるほどの燃料が確保できるしな」


「だとすると」一拍あいだを置いてから、メイがオーギの方に問いかけている。


「もしも、人間さんから魔力鉱物が採れたら、あなたたちはミナサマを殺せられるってことかしら?」


 洒落ていない質問文であることは、他でもないメイ自身が自覚していることであった。

 それでも実際に言葉にしたのは、ここで不格好な確認行為をしないと地味な後悔を抱きそうになる。

 そのことが嫌だった、だから、ただそれだけにすぎなかった。


「えーやだよ」


 白色の魔女の質問文にオーギが答えている。


「殺したら可哀想じゃねえかよ」


「でも、それだと怪物さんを殺す理由がくずれちゃうわ」


 メイは真っ直ぐオーギの方を見たままにしている。


 魔女の紅色の瞳を見返しつつ、オーギはとりあえずのところ自分の感情を言葉にしていた。


「オレが、オレ個人が()()()()を殺したい理由は単純だぜ? メイ坊よ」


「あら、なにかしら?」


「あいつ等が、オレの親父を殺したからだよ」


 オーギは語る。

 語りながら、その手は別の作業を行おうとしていた。


「オレの親父も魔法使いだった。

 魔法使いとして、なんとか一生懸命に生きて、オレのことを育ててくれた。

 いい親父だったよ」


 オーギは灰色の作業服のサイドポケットから、スマートフォンを一台取り出している。


「そんな親父を、怪物は弄ぶように殺したんだ。

 喰うときの、親父が喉の奥を通る、最後の感触を楽しむように殺した」


 オーギは昔のことを思い出している。


「確かに笑ってたよ。

 あははって、そりゃあもう、実に楽しそうに美味しそうに食べられてた」


 記憶はまだ新鮮さを失っていない。

 魔法使いにしても、瑞々しさを失うつもりは毛頭ないようであった。


「だからオレもお返しに、あいつ等を出来る限り、可能な限り殺しまくらなくちゃいけねえんだよ。だって」


 オーギはメイの方を見る。


「そうしなきゃ、親父はどうして死ぬ必要があったんだ? あの人は、良い人間じゃなかったとしても悪い人間じゃなかったはずだ。なのにどうして、意味もなくただ殺される、食べられる必要があったんだ?」

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