ざっくり見積りで十億欲しい
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます……。
メイの属している種族の一つ。
春日と呼ばれる鳥の獣人族。
彼らが所有する特有の魔力の形状のひとつに、腰のあたりに魔力によって構成された翼のような器官を発現させることができる。
メイは右の腰のあたりに翼を骨組みだけ発現させている。
もともとは指として分割されていた骨組みは、翼を展開させている時よりもかなり可愛らしくうごめいている。
「おお、手羽先バージョンですね」
メイの翼……未満の骨組みを、キンシが興味深そうにツンツンとつついている。
「とても美味しそうな手羽先……──」
キンシはつい言葉を滑らしている。
「──……ンじゃなくて! えっと、その……可愛い、可愛い御手手ですよ?」
「キンシちゃん、ムリヤリごまかさなくてもいいのよ」
魔法使いの少女の唇の端よりよだれ、食欲の気配がうっすらとにじみ出ている。
それはそれとして、メイはさらに続けて魔力を体内にて操作する必要があった。
「えっと、羽根をいっぽん出せればいいのよね」
メイは自分自身に問いかけるようにしている。
「すぅ、すぅ」
小さく呼吸をしたあとに、メイの腰のあたりに発現させられた手羽先から一筋、白く透き通る針のようなものが伸びてきていた。
それは羽根の一部分であった。
骨から伸びる一本は、羽毛をもたぬ裸の硬さだけをほっそりと有している。
「よいしょ」
メイは手羽先から裸の羽根をいっぽん、もぎとっている。
「ながいから半分くらいにしちゃいましょう」
メイはすでに熟練じみた手つきにて、自らの羽根によって作られた縫い針の長さを調整している。
半分といいながらその大部分をもぎ取っている。
メイ、つまりは七歳児程度の見た目を持つ幼女の手の平、それよりも少し長めの針になっている。
「縫い針というより、編み針みたいですよ、メイお嬢さん」
キンシが独り言のような呟きをしている。
「当たらずとも遠からず、よ。キンシちゃん」
メイは針に指をすべらせつつ、腰の左側に魔力を集中させている。
「んんん……」
少し力むようにしている。
体を緊張させる。
そうすると、メイの腰の両側から手羽先が発現していた。
七歳児相当の幼女の腕よりも少し長めの手羽先を、メイはさらに魔力を使って姿形を変容させている。
メキメキメキ……と、若い枝を無理やり折り曲げるような音がメイの体から発せられている。
翼の形が変わり、手羽先であったものが人間の指の骨格ととてもよく類似した造形へと変身していた。
「ああ、せっかくの可愛い手羽先が、スケルトンになってしまいました……」
キンシが謎に残念そうにしている。
「そんなに手羽先が欲しいなら、今日の晩ごはんはそれにしましょうね」
メイはキンシに約束のようなものをしている。
言葉を発しながら、メイは同時に骨組みのあいまに縫い針を構えていた。
「さて、ちゃっちゃと縫っちゃいましょう」
メイはトトト……と、巨大な繭のもとに体を寄せている。
近寄ってみると、メイはあらためて繭……のような転移魔術式の損傷具合に不安を覚えずにはいられないでいた。
最初に見たとき、まだ安全かつ健康に転移魔術式としての役割をきちんと担当していた。
純白の繭は、今日見たときと比べてみても、黒カビのような怪物を駆除した今もなおその白さを大きく損なってしまっている。
「かわいそうに、こんなにボロボロにされちゃって」
メイはつぶやいたあとに、なにやら視線のようなものを白い肌に感じ取っている。
まさか? 転移魔術式がこちらを見ているのではないか?
ブワワ……と、体表に生えている白色の柔らかな羽毛が緊張と興奮に膨らんでいる。
気のせいにすぎない。
そう思おうとしている。
「でも、傷ついたりゆうは私たちにあるのよね……」
メイは少し昔のことを思い返している。
「人喰い怪物を呼び寄せたのは、私たちだもの」
メイは腰から発現させたスケルトンの両腕にて、作成したばかりの針をかまえている。
「そのおわびに、しっかりと縫い止めてあげなくちゃね」
「さっきからブツブツと、なんの独り言をいってらっしゃるんですか? メイお嬢さん?」
キンシが不思議そうにしている。
魔法少女が見ている。
メイは少女の右目ではなく、左目の赤い琥珀に封印されている、生きている記録装置のことを考えていた。
蓮の花のように咲き誇る、常に宿主の肉体と意識を狙い続けている精霊。
「彼女」……とメイはそう呼びたくなる。
なんとなくだが、あの白い蓮の花は女のような形をもっているような気がしたのだ。
「彼女」に見やすいように、メイはスケルトンの腕を大仰に動かしている。
「そうれ、チクチクっと」
メイはかけ声とともに、なめらかな動作にて魔力の腕を使い、縫い針を繭の表面にすべらしている。
縫うと同時に、蜘蛛の糸のように細い魔力の糸が繭の表面を繋ぎ合わせていた。
「すいすい、すいすい」
メイは繭の表面をたぐり寄せるようにしつつ、それによって生まれた緩みにスルスルと針を滑らせていく。
「ついーと」
小鳥のさえずりのような声音のなかで、メイは一気に繭の表面を縫い合わせてしまっていた。




