お出かけ呼吸法をお勉強しなくてはならないのです!
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます!
「お引っ越しをしなくてはならないのです」
キンシの唐突な提案に、メイは少なからず驚かされていた。
「おひっこし?」
住み家の外側に出る。
キンシらが住居替わりにしている排水管の外、崖の上を歩きながら、メイはキンシの顔を見上げている。
右側を歩いているメイに、キンシは引き続き事情を語っている。
「ええ、おそらく……と言うかほぼ確実に、「集団」のほうに僕たちの秘密が少しばかり、バレてしまっているのですよ」
キンシは一歩前に踏み出す。
灰笛という名前の地方都市、そのビル群が望む方角に進もうとする。
足を動かす。
踏み出した足は、しかして次に地面を噛むことをしなかった。
「なるべく早いうちに、別の住み家を探さなくてはなりません」
言い終えるや否や、キンシはその肉体に別の行為を起こしている。
「すうぅぅぅー……はあぁぁぁー……」
息を吸って、吐いている。
魔力の気配がキンシの左足首の辺りに生まれる。
ふんわりと、キンシの肉体が重力に逆らっていた。
埃のように浮かんでいる。
キンシの姿をメイとトゥーイが見ている。
ノースリーブの白い清潔なワイシャツの上に黒色のスタジアムジャンパーを着込んでいる。
襟と袖の部分に赤いラインが走る、ジャンパーにはキンシの髪の毛を雨から守るフードが備え付けられている。
「雨が降ってきましたね」
キンシはそう言いながら、空から降ってくる雫のために頭にフードを被っている。
九割がたまっ黒な、丸みを帯びたショートカットが布の内側にすっぽりと収まった。
キンシは頭の上で、自らの頭部に生えている猫耳をフードの余分に正しく収納されるよう、微調整をしている。
「んるる」
耳がいい感じに布の中に納まった。
フードに生えている猫耳が、キンシの意向に従ってピコピコとうごめいている。
頭部を整えている間にも、キンシの足元は重力に逆らって自由な浮遊を行っていた。
朝の鍛錬の時とは異なる、脚部には外出用の装備が二つほど装着されていた。
キンシの爪先から太ももの半分以上を覆う、黒髪と同じような色の布のニーハイソックス。
その上に赤茶色の男物のエンジニアブーツ……のようなものを履いている。
いささかキンシの足のサイズに相応しくないと思われる。
ぶかぶかの長靴は、しかして不思議とキンシの足首をしっかりと保護しているのであった。
「メイお嬢さんも、雨具をしっかりと使ってください」
キンシはジャンパーの猫耳をメイのためにピクリ、と動かしている。
「ええ、わかってるわ」
ふわふわと漂う魔法少女に提案をされた。
メイもまた、自らが使用している雨具をしっかりと使おうとする。
すこし子供っぽい、の雰囲気をもったほのかな灰色を帯びたワンピース。
フリルをあしらったフラットカラータイプの襟首を整えつつ、メイは上に羽織っているポンチョ型の透明な雨合羽のすそを小さく引っ張る。
ビニール素材のような質感を持つ雨合羽は、すそのラインにレモンイエローが着色されている。
わざわざ透明なものを選んでいるのは、メイ自身が内側に来ている衣服や髪型を隠したくない。
というのが、白色の魔女の密かなワガママであった。
メイは右側のサイドにまとめた一本の三つ編みを、雨合羽のフードからたぐり寄せるように出している。
「空を飛ぶのね」
そのことだけを理解した。
メイは透明な雨合羽の下で、自らの体内に含まれる魔力を活動させている。
「すぅ、はぁ」
キンシのように、しかして少女程には大げさにはしない呼吸音。
紅色の光が一片うまれる。
次の瞬間、ガラス細工のように透き通った骨組みがメイの腰のあたりに展開される。
またたく間に骨は肉を得る。
真っ白な魔力の翼。
メイの属している種族の一つ、鳥の獣人族がもつ飛行能力。
メイは身をブルル、とふるわせながら翼を広げている。
湯葉のように薄く繊細そうで、しかして同時にイチイの巨木のような頑強さを放つ。
魔力の翼を広げ、メイはその表面に灰笛の空気をたっぷりとふくませる。
バサバサバサ。
真珠の粒をより集めたような白が、空を飛ぶための機能を発揮するために羽ばたこうとしている。
綿花のように柔らかな胸元の羽毛がフッカリと膨らむ。
さあ飛ぼう。
と、思ったところでメイはひとつ、思い当たる要素を見つける。
「トゥ」
メイはトゥーイのほうを見やる。
白色の羽毛が膨らむ視線の先に、メイと同じ髪色を持つ魔法使いの青年の姿を確認することができた。
「あなたも、いっしょに飛びましょう?」
メイはそう言いながら、青年に向けて手を伸ばしている。
「…………」
トゥーイは唇を閉じたままで、静かにメイの手を握り返している。
触れ合っている。
メイはその体温にあたたかな愛情のようなものを感じそうになる。
性欲とはかけ離れた、晴れ間の水たまりのように穏やかな感情。
仮に欲情を感じるとしても、メイは兄以外の男性に恋愛感情など持てそうになかった。
「………すぅ、はぁ」
トゥーイも魔法を使い、自らの肉体から重力を削り落としていた。
魔女と青年の体がふんわりと持ち上がる。




