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だからそんな悪いことでも無いのかも

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 一瞬にして部屋のなかは、「水」と呼ばれる魔力的な要素に満たされていた。

 電車を水のなかに沈めてしまったかのような、奇妙なる光景がメイの視界を満たしている。


「こぽぽ、こぽぽ」


 「水」のなかで言葉を発するのに、メイは少しの工夫を必要としていた。


「これは、ぜんぶキンシちゃんの魔力なのね」


 メイが予想をしている。

 それに答えを返しているのは、トゥーイという名前の魔法使いの青年であった。


「…………」


 トゥーイは首を縦に振っている。

 そうしていると、青年の長く伸ばした白色の毛髪が魔力の波の中でユラリユラリと、海草のように揺蕩(たゆた)っているのが見えた。


 自分と同じような髪の毛の色を持っている。

 青年の毛先を追いかけていると、メイは視界の端々からなにか、黒いものがふわふわと漂ってきているのを見つけていた。


「……?」


 小さな羽虫のようなものを、メイは狙いを定めて手に掴み取っている。


 掴んだそれを確認するために、メイは右の手の平を見つめる。


「あら?」


 だがそこには、インクの小さな染みのようなものしか残っていなった。


 メイは手の平から目をそらす。


「きゃあ?!」


 そうしていると、もっと衝撃的な事態が白色の魔女の目の前に現れていた。


 「水」に満たされた空間。

 そこに一面の文字、文字、文字。


 部屋のなかに積まれた本からぷかぷかと、まるで珊瑚(サンゴ)の産卵のように文字たちが浮かび上がっている。


「そうなのね」


 奇怪な状況でありながら、メイは自分でも驚くほどに冷静に、状況を理解しはじめていた。


「キンシちゃんの魔力に、小説という魔力をふくんだべつの、他人のようそを混ぜ込んじゃうのね」


 キンシは頭のなかに一品の料理、作りたてアツアツの卵がゆを思い返していた。

  

 料理といってももっと基本的なもの、米を炊く時点の工程を想像する。


 硬く締まった米粒にを水に沈め、柔らかくなるまで徹底的に炊きまくる。

 

 ちょうどキンシも、魔法陣の中心にて米粒用に身を丸く縮ませていた。


「んぐるるるる……んぐるるるる……」


 自分の魔力によって作られた「水」のなかに浮かぶ。

 キンシの周りには、魔法陣によって作られた檻のようなものが形成されていた。


 計測器(ジャイロスコープ)のような形状を持った檻。

 キンシはその内部に身体を、体育座りのように収めている。


 ほのかな紫色をはなつ檻に、周辺に積まれた本から生まれた魔力の粒、雫たちが次々と吸い込まれていく。


 一冊の本から全ての魔力を摂取するのではなく、多数の本からまんべんなくさまざまな種類の文章を取りこもうとしている。


[過剰なる魔力吸収をすることで、花の活動を逆に阻害するんだ]


 メイの左側から、トゥーイがチラシの裏側を見せてきている。


[本当は一冊の作品を考察し尽くすぐらいのやり方が俺はいいと思うんだが、だが、どうやらキンシという魔法使いはそれじゃあ満足できないらしい]


 トゥーイは続けて文字を紙の上に書いている。


[一極集中の都会的な考え方よりも、適度な分散をするのを好ましく思うタイプらしいな。

 まあ、要するに人それぞれ、その時の気分次第って感じだ]


 ちょうどその一文を書く頃には、チラシの裏側は文字で埋め尽くされようとしていた。


 トゥーイが、今のところはこれ以上言葉に頼れないでいる。


 状況を思いはかっている。

 メイはこの状況で自分がすべき事柄を考えようとした。


「それじゃあ、キンシちゃんの、精霊さんがおとなしくなるまで、私たちは朝ご飯でも作りましょうか」


 …………。


 台所までは「水」は浸食していないようだった。


 使用されていない電車の先頭、本来ならば運転席としての機能を選ぶべき場所。

 そこは今や利用している魔法使いたちの都合に合わせて、かなり狭いサイズのキッチンと化していた。


「お台所まで「水」びたしだったら、こまっちゃったところだわ」


 メイは自分の身長と同じようなサイズの冷蔵庫から、ベーコンと卵を取り出している。


「ぷーかぷーかと浮かんだままじゃ、ガスコンロをつかうのも不安だもの」


 メイはガス……魔力鉱物由来のガスの残量を気にかけつつ、黒い五徳のうえにフライパンを乗せている。


 鉄製の黒いフライパンを、魔力鉱物由来ガスの上で熱している。


 十分に熱が伝わった後に、メイはサラダ油を適量か、あるいはそれよりもすこしばかり少なめに注ぎいれている。


 あたたまった油にメイはいったん火を止めるべきか悩む。

 だがすぐにあきらめたように、卵をフライパンのなかに投入することをえらんでいた。


 かりそめのシンクに卵の殻をぶつけ、亀裂の入ったそれをメイは指で器用に割っている。


 ジュウウー!


 フライパンの上に卵が焼かれる。

 たんぱく質が変化する音、食べ物が熱をもつ気配。


 匂いを嗅ぎ取りながら、メイは視線を左……ではなく右の方に移している。


 そこではもう片方のコンロにて、トゥーイが味噌汁を作っているのを確認することができた。


「…………」


 トゥーイは水を、「普通」の水道水を張った両手鍋の中身をほんの少しだけ眺める。


 一秒ほどの間を置いた後に、トゥーイは秘密の道具を取り出すような動作を作ってみせていた。

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