ねじれる小説におぼれたい
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…………。
と、いうわけで彼らは住み家のなかに移動していた。
灰笛という名前の海沿いにある地方都市。
そこの海岸線の片隅、今はもう使用されていない排水管の内部。
これまた使用済みの廃線となった地下鉄の残骸、空間を魔法使いの少女は自らのねぐらとしていた。
「シャワーも浴びないうちに、この子はいったいなにをしようとしているのかしらね?」
部屋のなかでうろうろとしているキンシを見ていた、メイが不可解さを分かりやすく言葉に呟いている。
白色のふーかふーかとした羽毛を持つ魔女が、自分のことを奇妙なものでも見るかのように見つめている。
その視線をしっかりと肌に感じながら、キンシは部屋のなかにある程度のスペースを確保しようとしているらしかった。
「ここをこうして、あれをこうして……それは、ここに置いちゃいましょう」
キンシは何やらぶつぶつと独り言を口にしている。
部屋の中には本によって構成された小さな塔が、灰笛に建つビル群のように乱立している。
移動をすることによって、本で作られたビルがいくつか崩壊していた。
ドサドサドサ……ッ!
紙の波がメイの爪先にまで届いてくる。
「キンシちゃん……」
キンシが部屋のなかに緩やかな円形の空白を作っている。
そんな魔法少女にメイは、何度目かの忠告をしている。
「ちゃんとお部屋をかたづけないと、本があっちこっちに散らばって、まるでジャングルみたいよ?」
白色の魔女に指摘をされてしまった。
「いやあ……えへへ……」
しかしながらキンシはそれにまともに取りあおうとはせずに、ただ曖昧な返事だけを口元に許している。
まず最初に白色の魔女の意見を受け入れる。
そうしつつ、それでもキンシはこの状況の必要性を彼女に主張しようとしていた。
「ですが、しかしながら、これから行う治療用魔術式には、この作品たちが必要不可欠なのですよ……」
「本が?」
キンシの意見にメイは首をかしげないままで、すみやかに新たなる情報を求めている。
「なあに、運動のあとに読書でもするつもりなのかしら?」
メイにしてみればささいな冗談のつもりだった。
しかしキンシの方は、メイの言葉に純粋なる感銘と感動を受けているようだった。
「メイお嬢さん……! あなたはやはり、本当に頭の良い方なのですね……!」
魔法少女が目から眼鏡を外しつつ、感動の言葉を魔女に伝えている。
「そうなのです。他の作品たちに含まれた魔力、それをお借りしてこの精霊を大人しく、封印させるのでございます」
キンシは部屋のなかに少し強引に作った空白のすみに立つ。
そうしながら、視線をメイの左側に立つ青年の方に向けていた。
「トゥーイさん」
魔法少女に名前を呼ばれた。
少女と同じ「魔法使い」と呼ばれる存在である青年、トゥーイはすでにその右手にとある器具を用意していた。
「それは」
メイは見慣れた器具にすこしの安心感と拍子抜けを覚える。
「首輪ね」
メイがそのように表現をしている。
トゥーイが手にしている器具は、普段は彼の首元に首輪のように巻き付けられている、発声を補助する装置のようなものであった。
銀色の金属のような素材で作られている。
首輪をトゥーイは指先にて少し操作している。
カチリ、と硬いものがわずかに押し込まれる音が聞こえたような気がした。
光の気配が生まれる。
懐中電灯のような眩しさに、メイの動向が敏感に反応している。
首輪のつるりとした金属質の、どこからともなく光の筋が発射されている。
「…………」
トゥーイは崩壊した本の塔の隙間、本の波の合間を縫ってキンシの立つ円形の空白の近くへと歩み寄っている。
光を発する首輪を少し上に掲げ、空白の中心に光が届くようにしていた。
「あら」
そのあたりにて、メイはようやく光の意味を把握しつつあった。
光に照らされている。
空白には一つの魔法陣が照射されていた。
「魔法陣だわ」
メイは見たままの情報を舌の上に、あめ玉のように転がしている。
単純な魔法陣であった。
円形を基本として、その周辺を何かしらの文字列で囲っている。
文字がメイの知っているもの、例えばこの世界における言語体系にとって正しいものであるのか、あるいはそうでないのか。
もしかしたら既存の文字、をかなりアーティスティックにアレンジしたものになるのかもしれない。
いずれにせよ、パッと見だけではメイにはどうにも判断できそうにない。
それよりも、魔法陣の中心にキンシが迷いなく体を沈ませていることの方が、メイにとっては新たなる疑問と驚きをもたらしていた。
魔法陣が作りだした魔術の空間。
ある種の結界のようなもの、その中心にキンシという人間が座する。
そうすることで、部屋のなかに大量の液体のようなもの、「水」と呼ばれる魔力の要素が魔法陣の中心から増幅していった。
水は天災のごとき勢いによって、一気に部屋の中を所せましと埋め尽くしていた。
「こぽぽ」
メイは口を開いて、喉の奥にあった空気を「水」のなかに浮かばせている。
呼吸は、とりあえずのところ侵害されている訳では無いようだった。




