なにかをはじめる予感を見つけたい
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お玉を使ってお椀にすくう時間も惜しいと思った。
そもそも両手鍋を持ってくるだけで、メイの両手は埋まってしまっていた。
しまった、せめてトレイかなにかに乗せて持ってくるべきだった。
メイは後悔する。
後悔の後に、魔女である彼女は白色の羽毛を動揺によって縮ませ、元々のちいさなシルエットをさらにちいさくしている。
メイは視線を左右にさまよわせている。
「スプーン、スプーンをもってくるのをわすれちゃった」
せめて匙でもあればと。
メイが求めている。
そうしていると、白色の魔女の左側からトゥーイの手が伸びてきていた。
「…………」
トゥーイが差し出している。
それは一本の銀色の先割れスプーンであった。
液体をたたえるツボの部分に苺の表面のような、ツブツブとした細やかなくぼみがある。
メイは迷いもためらいもなく、トゥーイから差し出された食器を受け取っている。
銀色の匙を使って鍋のなかの卵がゆをすくう。
大さじいっぱいにすくいとった料理を、メイはキンシの口元に運んだ。
「くむくむ」
キンシの鼻腔、粘膜の異常反応で鼻水まみれになっている穴がひくひくとうごめく。
料理、美味しいものの気配を嗅覚から感じ取った。
「がっぷ!」
キンシはかすむ視界のなかで、それでもほぼ正確にスプーンの上の卵がゆへと食らいついていた。
「まあ!」
あまりの速さに料理を適温まで冷ますヒマさえも無かった。
メイがちいさく驚いている。
スプーンを握る手に感じる引力、魔法使いの少女の食欲にあらためて一驚させられている。
「あち、あちち……っ!」
なんといっても作りたての料理。
まだまだ温度の高い卵がゆに、キンシは瞬間的に熱病を忘れ去るほどの拒絶反応を見せていた。
「あらあら」
メイはスプーンを握りつつ、熱がっているキンシの様子をちいさな驚きのなかで見つめている。
てっきり吐き出すものかと、メイはそう予測していた。
しかしキンシは熱さなどまるでお構いなしと、ただひたすらに食欲のみを己を動かしていた。
「がじがじ、がじがじ」
「だめよ、キンシちゃん、スプーンを噛んじゃだめ」
メイはキンシの頬にそっと触れている。
まだまだ体温は高いままである。
なかなか熱が下がらない、キンシの肌をメイは丁寧に撫でている。
「ほら、落ちついて」
指先、すこし伸びた爪の先端。
白色の魔女の爪と、黒髪の魔法少女が触れ合っている。
限られた空間、触れ合いのなかでキンシはメイの忠告をうっすらと聞き入れていた。
「……」
キンシは唇を少し開けて、メイがスプーンを口の中から出しやすいようににしている。
「いい子ね」
メイはキンシの赤いほっぺたを撫でながら、もう片方の手で少女の唇から先割れスプーンを引っぱりだしている。
しっかりと搭載したおかゆを吸い取り尽くしている。
空になったスプーンは、キンシの唾液でその表面をキラキラときらめかせていた。
「あわてないで、ゆっくり、よく噛んで食べるのよ」
メイはスプーンを右手に持ちつつ、もう一度左手でキンシの頬を、そして首のあたりをさわさわと撫でる。
メイの言うことを聞く。
キンシは口を動かしている。
「もぐもぐ……もぐもぐ……もぐもぐ……」
体力を大きく削ぎ落とされている。
それでもキンシは自分の体力を取り戻すため、メイの要求に答えるため。
そしてなにより、己の食欲を満たすために口を、捕食器官を活動させ続けている。
「……ごくん」
キンシが十分に噛み砕いた卵がゆを飲みこんでいる。
そうしているあいだに、メイは次のひと匙を鍋の中からすくい取っていた。
「ふうふう、ふうふう」今度は火傷をしないように、慌てないように、メイはしっかりと料理の粗熱を吐息にて冷ましている。
「はい、あーん」
メイはもう一度、食べ物によって重くなったスプーンをキンシの口元に寄せている。
「あーん」
キンシは口を開いて、アツアツからホカホカになった卵がゆを口内に受け入れている。
先ほどよりかはだいぶ落ち着いた様子で料理を食べている。
「おいしい?」
メイがキンシに問いかけている。
まるで冬の朝にくるまる羽毛布団のように柔らかく、あたたかな声音。
声を受け取った。
キンシは子猫のような聴覚器官をピクリ、と動かしている。
「んるるるる……」
魔法少女が返事の代わりに喉の奥を鳴らしている。
反応を見た、聞いた。
メイは視線を左側に、トゥーイのいる方へと移動させている。
「…………」
直立不動のままで、メイとキンシのやり取りを見続けていた。
トゥーイは無言のまま、ただ、口元に穏やかな微笑を浮かべていた。
「さて、と」
一息ついたところで、メイはあらためて状況を整理しようとする。
「それで? このキンシちゃんの左目の義眼からとびだしてきちゃった精霊さんは、もとにもどるのかしら?」
メイに問いかけられた。
トゥーイは肩をすくめて、ただ「?」だけを魔女に伝えていた。
「そう、分からないのね」
それだけが分かれば、まだいくらか事情もマシになる。
ような、気がした。
「でも、せめてもうすこしちいさくなってもらわないと。これじゃあ、眼鏡をつけることもできないじゃない」




