アクセサリーを忘れないで
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キンシの左目には奇妙な花が咲いていた。
それは蓮の花に似た花だった。
「キンシちゃん」
メイがキンシの名前を呼ぶ。
白色の羽毛を持つ魔女に名前を呼ばれた、キンシという魔法使いの少女がそれに答えている。
「んるる? どうしたんですか、メイお嬢さん」
キンシはいたってリラックスした様子で、なんの疑いもなくメイの呼び声に答えている。
油断しきっている魔法少女の顔を、メイは少し強めの力で自分の目の方に近づけている。
「……?」
不思議そうにしているキンシの表情、うすい桃色の唇が疑問に震える。
相手が油断している。
そのあいだに、メイは自らの違和感を解決するための観察を実行する必要性があった。
キンシの左目。
眼鏡の奥に咲きほこる。
花のような器官。
それは蓮の花にとてもよく似ている。
真珠のような白色の花びら。
一切の汚れもよどみも、しこりもないようにみえる白色。
自分の羽の色とは大違いであると、メイは自己評価の低さをちいさく自覚する。
それはそれとして、別の話。
しかしながら、キンシの左目に生えている蓮の花も完全なる純白とは呼べそうになかった。
花びらの先端、外側に開く花弁の一枚一枚に緑色がほのかな気配を帯びている。
「いーち、にーい」
メイがキンシの左目に咲いている花弁の数を数えている。
「な、なにを数えているんですか……?」
メイの謎の行動にキンシがほんの少しだけおびえている。
だがそれに構うことなく、メイは合計十三枚の花びらを数え終えていた。
円の形をイメージして、花びらが三つの段階にそれぞれ振り分けられている。
円の外側には大きい花びら、中段から内側にいたるまで、段々と花びらが小さくなっていく。
形を意識しながら、メイはキンシの目に咲く蓮の花、のような器官がもつ色彩を心ゆくまで観察している。
まるで新品の画用紙に、水で薄めた緑の水彩絵の具を溶かし、垂らしたかのような薄さ。
太陽の光に透き通る、エメラルドの小さな粒のような透明度。
緑の気配が純白の花びらそれぞれを幽かに彩っている。
花弁に縁どられた中心点。
メイはそこに小さな宝飾品を見まがいそうになった。
「普通」の蓮の花とは異なり、花の中心には種を生むための器官は存在していなかった。
その代わりにクラウンティアラと呼称されるアクセサリーの一種。
やたらと亀にさらわれ、毎度赤い帽子をかぶったヒゲの配管工に助けられる、桃色の姫が頭に乗せているもの。
あの頭飾りをイメージして欲しい。
王冠を小さくシンプルにしてを小指のサイズまでまとめたかのような、そんな奇妙な機関が生えている。
小さな円を描く、白金の色を持つ小さなクラウンティアラ。
その中心から、細い一本の針金のようなものが生えている。
まるで本物の、「普通」の花の中心に生えるめしべのような形をもっている。
めしべのようなものの先端、柱頭の部分にあたる部分には、小さな赤い球がくっついていた。
「琥珀かしら?」
メイはいよいよキンシにキスでもするかのような、そんな距離感で少女の左目の蓮を観察しまくっている。
「まあ、まるで真珠のネックレスのひとつぶみたいに、ちいさくなっちゃって」
メイがそのように表現をしている。
「ええ、おかげさまでだいぶ溶けてしまいました」
魔女の表現に対して、キンシが少し恥ずかしそうにしている。
また、少し記憶をさかのぼってみる。
…………。
時はまた三日前に戻る。
「きゃあ?!」
なにか腹にたまるものと、おかゆを作ってもってきたメイは、病床に眠るキンシの様子を見て思わず悲鳴をあげてしまっていた。
キンシの目、眼鏡もなにも身に着けていない、裸の顔面。
そこに巨大な蓮の花が咲いているのであった。
「た、たいへんっ! キンシちゃんからお花が咲いているわ」
メイは悲鳴をあげながら、どうにかしておかゆを運んでいる手の平への集中力を失わないよう、努めて心理状態をたもつ必要性に駆られていた、
メイお手製のうすい桃色の布で織られた鍋つかみ。
白色の羽毛を持つ魔女の、手の中にある両手鍋。
集めの金属の内側にこしらえられたおかゆが、たぷぷん、たぷぷん、と危うく波打っている。
こぼしてはならない。
卵を混ぜ込んだおかゆ。
うすい黄色が目と胃にやさしい料理。
トゥーイお手製の、温かな料理はとりあえずのところ、こぼれ落ちてしまうという悲しい事故には見まわれなかった。
メイはバランス感覚を取り戻しつつ、両手鍋を携えたままでキンシのもとに駆け寄っている。
「どうしましょう、どうしましょう」
メイはあたふたとしながら、鍋を両手にキンシの身におきた異常事態をどうにかして理解しようとしている。
「なにかしら、なんなの? このおっきなハスの花は」
動揺していながらも、メイはこの花の形状が蓮のそれと類似していることを判別していた。
白色の魔女の悲鳴を聞きつけた。
トゥーイが駆け足で部屋の中に入ってきている。
「…………」
様子を見た。
トゥーイはすぐに異常事態の正体を把握していた。
内心動揺しながらも、青年は努めて冷静そうに部屋の中を進む。




