火曜サスペンスなら間延びもいいところ
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…………。
メイは目のまえにいる魔法使いの少女、キンシの感触から時間の感覚を気軽に取り戻していた。
「よーしよしよし、キンシちゃん」
メイはキンシの、猫耳が生えた頭部をワシャワシャをこねくりまわしている。
「朝の鍛錬、おつかれさま」
魔法使いの少女の頭。
濡羽色の髪の毛は、早くも雨の気配を吸い取ってふっくらとしている。
こけしの頭のように丸っこく切りそろえられたショートカット。
指の先、爪の先にて、メイはキンシの頭、毛髪を心ゆくまで撫でている。
「んるるー! 気持ちいいですう」
メイの爪の硬い感触を頭皮に感じつつ、キンシが喉の奥を鳴らしながら快感を言葉に主張している。
キンシがメイにさらに顔を寄せる。
「まあ! すっごく汗くさいわ」
魔法少女の発汗の気配を鼻腔に感じ取りつつ、メイは視線をキンシの頭部にしばらく固定している。
黒髪のなか、一筋だけ違和感のように混ざりこんでいる銀色の髪の毛。
「……」
色合いを見る。
そうしていると、メイは自然とまだ記憶に新しい竜の姿を思い出さずにはいられないでいた。
魔法の図書館に眠る竜。
人間だったものが呪いを受けて「魔法使い」と呼称される存在になる。
風邪をひいたら病人と呼ばれるように、呼び名はただ症状に付属する情報の一つでしかない。
メイが問題だと思うのは、魔法使いと呼ばれる存在が皆一様にいつか、あの竜のような人外に成り果てるのか。
という疑問である。
メイは自らの感情を把握しようとする。
これは恐怖ではないことにメイは、魔女として好意的な意見を有している。
魔導に連なるものとして、あの美しい竜は決して悪いものではない気がした。
なんというべきか、好意的な感情であればあるほど、メイは心の行く先を明確にすることができないでいた。
白色の羽毛を持つ魔女が思い悩んでいる。
そうしているあいだに、キンシは白色の魔女のふーかふーかとした羽毛をたっぷりと堪能し終えていた。
「ぷっわあ! かぐわしいですよ」
メイの胸元、薄いピンクの寝巻からのぞく胸元。
鳥の獣人族特有の柔らかな羽毛に包まれている胸。
キンシは顔に羽毛の端々を引っ付かせたままで、体をくるりと回転させている。
魔法を使って重力を肉体から削り落としていた。
逆さまの状態で抱き締めていたメイの体を、キンシはパッとひらめくような動作で離している。
体を離すと、メイはより正しくキンシの出で立ちを再確認することができていた。
裸足。
キンシの両足は、肉と骨という部分においては左右両側、健康そうに肉体と繋がりあっている。
ただ少し、左側の足に違和感がある。
というのも、キンシの左腕に刻まれているであろう呪いの火傷痕が、左の足首にも確認することができたからだった。
「足首にも、呪いの痕があるのね」
メイが思わず指摘をしている。
言った後で、魔女は安易に呪いの在り方を指し示してしまったことに公開を抱いている。
「ええ、そうですよ?」しかしキンシの方は、メイの悩みなどあまり関心が無いようであった。
「この足首のおかげで、僕のような矮小なる魔法使いでも楽々と、飛行魔法を使うことができるのでしてね……」
そんなことよりも、キンシはあくまでもポジティブに、実用的な部分だけに注目をしているようだった。
「今しがたも、トゥーイさんに蹴り技の指南を受けていたばかりなんですよ」
キンシは意気揚々とした様子で、朝の鍛錬の内容をメイに説明している。
まるで母親にほめてもらうことを望む幼子のような様子に、メイはキンシという魔法使いの少女の本来の姿を想像せずにはいられないでいる。
「さっきの、私の頭をとおりぬけたのも、すごいスピードだったものね」
「そうでしょう、そうでしょう!」
自分の魔法が上手く作用している。
キンシはそのことをメイの感想から実感している。
うきうきとしているキンシ。
崖の外側、魔法を使いながらふわふわと空中を漂っている。
裸足の足から上、黒色のなめし皮で縫われたショートパンツがキンシの下半身を外部の刺激、視線から守っている。
ショートパンツの中に白色のワイシャツのすそを挟みこみ、腹部を冷やさないようにしっかりと布で覆っている。
ノースリーブのワイシャツが涼しげで、かすかに生えている産毛がもうすぐ降るであろう雨の気配に震えている。
「キンシちゃん」
メイはキンシの顔を見る。
限りなく円に近しい微かな楕円のレンズが備わった眼鏡。
激しい運動にもかかわらず、眼鏡は道具としての優秀さによってキンシの近眼を補助している。
右目の肉眼、鮮やかな新緑のような緑色の虹彩は、運動によって進出した水分にキラキラときらめいている。
そして左目のある場所。
「……」
そこまで見たところで、メイはいよいよ現実逃避が上手くいかなくなってきたことを実感していた。
「……?」キンシが首をかしげると、頭に生えている子猫のような聴覚器官がピクリ、と動いている。
「キンシちゃん」メイがキンシの名前を呼ぶ。
魔法使いとしての名前と共に、メイは少女の左目を見た。




