山のひとつやふたつのぼってみせる
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
メイはトゥーイのほうを見やる。
床に臥しているキンシという名前の魔法使いの少女。
少女と同じく、トゥーイはこの世界において魔法使いと呼称される価値観を有している。
魔法使いとは、魔力を「普通」よりも多く持ってしまったもののこと。
多すぎる魔力ゆえに、この世界を安心と安全に管理する魔術式の規定をクリアできないモノたち。
[少なすぎるよりかは、まだマシかもしれないんだけどな]
以下に続くのはトゥーイがメモ用紙代わりにしているもの、チラシの裏に記された内容である。
[あのシイニって奴は、おそらくだが「集団」に関係した人喰い怪物だったんだろう]
トゥーイは言葉を発することができない。
その証拠として今も、メイとコミュニケーションを必要としている際にも、その唇は固く閉じられたままであった。
トゥーイは文章をメイに見せた後に、もう一度白い紙を自分の方に戻している。
メモ用紙代わりにしているもの、今どきにしてみれば珍しいチラシの裏側が真っ白になっているものであった。
トゥーイがボールペンをチラシの裏に走らせている。
トトトトト……。という、ペンが紙の上に触れ合うかすかな音色がメイの聴覚器官をかすかに撫でる。
メイはみずからの聴覚器官、植物種としての特徴の一つである、椿のような形状をした耳に音色を受け止めている。
ペン先のメロディーを聞きつつ、メイはトゥーイの顔を見上げてみる。
自分と同じように、魔法使いの青年はかなりの色白であった。
それゆえに、青年の右目に増殖している青紫のバラが異様な雰囲気を醸し出していた。
魔法使いの青年の右眼窩を埋め尽くしている。
メイの聴覚器官と同じ、植物種としての特徴である器官。
右目の代わりに生えている、紫のバラはいまトゥーイ本人のストレスに反応して、その瑞々しさをさらに倍増している。
……ような気がしたのは、メイの錯覚であったのだろうか?
もう一度、トゥーイがメイに文章を見せる。
[集団の目的は、この世界から魔力を削り落とすことだ]
現状において魔力があること、それが魔術式という基準に相応しいものであること。
そのことが、この世界において「普通」に生きていくための条件とされている。
[魔力を持たない人間でも幸せに生きられるように、科学力に頼る世界を望んでいる]
トゥーイはそこまで書いたところで、ふと、思い悩むような素振りを見せている。
沈黙……と言ってももとより青年はずっと黙ったままでいる。
だとしても、この場面には確かに気まずい静けさが訪れていた。
「そうね、そうよね」メイはトゥーイの言わんとしていることをすみやかに察している。
「私がお爺様と、お兄様とくらしていた場所は、魔力じゃなくて科学力にたよったせいかつを……ようするに、集団がのぞんでいる生活をしている土地だったわね」
それが現状において、この世界にとって異端の考え方であること。
そのことを念頭に、メイはいったん言葉を区切っている。
静けさを肉体に許しつつ、メイは相手側の動向を探るようにしている。
「…………」
メイの主張を受け取った。
トゥーイの方は、やはりと言うべきかさらに困惑の気配を瞳の中に、濃密なるものにしていた。
青年の瞳。
健康的で、限りなく「普通」に近しいとされる肉眼。
紫水晶のように輝くであろう、紫の瞳に当惑の濁りを渦巻かせている。
トゥーイは頭をごりごりと掻いている。
これまたメイと同じか、あるいはとてもよく似ている部分として、青年の毛髪も雪のように真っ白である。
「雪」という表現方法を選ぶと、この魔法使いの青年は謎に嫌悪感を示す。
なのだが、しかして、メイはどうしてもその髪の毛の豊かさに、故郷の村で毎年見ていた雪の美しさを連想せずにはいられないでいた。
トゥーイは今は白い長い髪の毛を、ただ何にも拘束することなく重力に従って流している。
メイと同じ、ロングヘアーの白髪。
ストレートのメイとは異なり、トゥーイ髪の毛には少し癖があるのだろう。
毛先にいたる頃には、重力に逆らって少しのうねりが生まれている。
束ねたり結んでいない髪の毛は、両肩を覆えるほどの毛量があった。
頭皮を掻き毟る指の動きに合わせて、純白の髪の毛が柔らかく揺れ動いている。
少し長めに考えた後に、トゥーイは再びチラシの裏にペンを走らせている。
[貴女の大事な故郷をヘタに侮辱はしたくないんだが]
「あら、気にしなくていいのに」
青年に遠慮をされてしまった。
メイはこの状況に、ある種の奇妙なおかしさを覚えていた。
「私もいいかげん、自分がくらしていた場所がちょっと……ほんのすこし、世間のみんなとズレた価値観をもったところだって、理解しはじめたところなのよ?」
メイがそのように宣告をしている。
魔女の言葉を、トゥーイは一見して無表情のままで聞いている。
だがメイは彼の瞳に浮かぶ曖昧で、あまりにも微妙なる感情表現をすでにいくらか察していた。
「となると、もしかするとシイニさんは、おじい様となんらかの関係性があったのかもしれないわね」




