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魔女のモーニングルーティーン

こんにちは。今日から三章のはじまりです。

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 メイは、自らをメイと名乗る幼い見た目の魔女は、夜の眠りから目を覚ましていた。

 ベッドがわりにしている座席の膨らみから、ムックリと体の上半分だけを起こしている。


 ちいさな上半身の動きに合わせて、薄桃色の毛布がずるりと重力に従って下腹部の辺りに落ちていく。


「ふわ、ふわわあ」


 メイはあくびをするために口を大きく開き、自然な動作で咥内を右手でおおうように隠している。


「朝ね」


 物事の事実をすみやかに受け入れている。

 一日を始めるためにメイはベッド……もとい、使用されていない電車の座席から体を起こしている。


 ひたり、と彼女の白い足が、部屋の冷たい床に触れ合っている。


 両足を地面に着けながら、メイは視線を周辺にめぐらせている。


 メイたちはいま廃棄されていた地下鉄、海岸線に放棄されていた備品にそのまま住みついている。

 列車の内部、海岸線の側面、そこに朝日が差し込んできている。


 メイたちが暮らす、灰笛(はいふえ)という名前の地方都市。

 魔術によって作られた人工の雨雲、偽物の雨の雫に濡れる。


 灰笛(はいふえ)の日常において、朝の光は一日の内にかなり限定された現象である。

 

 「見れたらラッキーです、星座占いの一位なんて目じゃない幸運なのです」


 メイはキンシの言葉をぼんやりと思い返している。


 部屋のなかにキンシの姿をさがそうとした。

 だがメイの視界に少女の姿をとらえることは出来なかった。


 部屋のなかにはメイの他に、大量の本の山。

 人間の姿は確認できそうになかった。


 おそらく、同居人を含めた魔法使いたちは部屋の外側にいるのだろう。


「まだ体がなおってもいないのに……」


 メイが独り言をつぶやいている。

 そして予想外に自分の声の音量が大きかったことに、静かに一驚していた。


 メイはベッドから身を離し、床の上にそっと立ち上がる。

 

 立ち上がった、魔女の肉体を朝日が照らしている。


 彼女の属している種族、春日(かすか)と呼称される鳥の獣人族特有の、羽毛が朝の光を吸い込んでいる。


 目の周りにアイメイクのような要領で、細やかな羽毛が生えている。

 その後は羽根の色と同じ白色の肌が続く。

 首より下、胸のあたりにふっくらと柔らかな羽毛布団のごとき膨らみがたたえられている。


 メイは指で目をこすろうとした。


 彼女の指先、やはり雪のように白い先端は幼女のそれとしてはいくらか肉が少なすぎる気がする。

 どことなくパニックアクション映画に登場する恐竜を彷彿とさせる。

 爪の先端は、研ぎ澄ました小さな刃物のようにするどく伸びていた。


「いけない、いけない」


 メイはまた独り言を舌の上で溶けかけたあめ玉のように転がす。

 自分の指先で目などをこすってしまえば、少量の快楽の代償として多大なる損傷をこうむることになるだろう。


 メイは気を取りなおして一歩、部屋のなかを進もうとする。


 ドサドサドサッ!


 歩いた。

 途端にメイの足元で本の山が崩れ落ちる音が静かに、くぐもった音色を発した。


 メイが眉をひそめる。

 部屋の床、本来だったら通勤するサラリーマンたちの皮靴を受け止めるであろう、地下列車の床。


 そこには今、キンシという名の魔法少女の所有物である本が山となり、床のほとんどを埋め尽くさんとしていた。


 キンシ……。

 メイはその名前を持つ魔法少女のことを考える。


 二日前に、キンシという名の魔法少女は一人の人間を殺した。


 シイニという名前の、子供用自転車に封印された男性。

 彼は異世界からこの世界に召喚、あるいは転生、転移……。

 いずれにしても、異なる世界から訪れた者。


 それらは皆等しく、この世界では人喰い怪物になる。

 

 人間を食べたくなってしまうのだ。

 それ以上に表現しようもない。


 詳しく語るとなると、メイの知識量では限界があった。


 しかたなしにと、メイは魔法使いたちの姿を追い求めるように部屋のなかを進む。


 眠気はすっかり取り払われていた。

 この白色の、ふーかふーかとした羽毛を持つ魔女は、昔から寝起きは良いほうなのである。


 本まみれの部屋から外に出る。


 メイは今は使用されていない、乾き切った排水管の横に備え付けられたハシゴをのぼる。

 金属の錆びついたハシゴは、本来ならば安全面としてあまりにもお粗末なものでしかない。


 どこの誰かが設置下かも分からぬ、上昇用の道具はしかしてメイにしてみればなんの問題もないただの道具でしかない。

 なぜならば、彼女はすでに空を飛ぶための方法を知っているからだった。


 落ちても大丈夫、重力に逆らうのは難しいことではない。


「はあああああっ!」


 そのことを証明、体現するかのように、空を飛んでいる魔法少女の姿が崖の上にあった。


 メイの頭上を、魔法使いの少女の体が飛んで通過していく。

 まるで日曜日の朝のバッタのような目のヒーローのように、魔法少女は綺麗な蹴りの姿勢を空中に描いている。


 何かに狙いを定めていたのだろう。

 魔法少女のひと蹴りは外れて、その体は崖の外側、海の上に放り出される。


「……!」


 メイは思わず警戒心にブワワ! と体の羽毛をふくらませている。


 落ちるのではなかろうか。


 しかしながら、魔女の不安はとりあえずのところ無事に外れることになった。 

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