灰、間違いを消すように
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
二章終わりです。
「 あああああああああああ あああああああああ ああああああああ あああああああああ」
怪物が悲鳴を上げる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
泣き叫ぶ怪物に、黒猫のような怪獣へと変身した魔法少女は一切の容赦をしなかった。
牙をむき、白色にぎらつく鋭さを迷いなく怪物の首に食い込ませる。
気管支、そして血管の主たる部分を食われている。
怪物はまるでサバンナの生存競争に負けた草食動物のように、その生命の気配を黒猫の怪獣に奪われようとしている。
首を噛む、黒猫の少女のあごの力は万力も霞むほどの頑強さを継続させている。
野生の力、本能が黒猫の全身を満たし、漲らせている。
硬い皮膚を貫通し、牙の先端が首の下の頸動脈に届いた頃。
「ああ、ああ、嗚呼、これはダメだ」
戦いの様子を見ていた、見ることしか出来ないでいた、メイの耳元にシイニの声が聞こえていた。
「予想外の強さだった、殺されるのが、オレでよかった」
その時になって初めて、メイはシイニが自分のことを本当の一人称で呼ぶのを聞いた。
「 あ」
怪物の肉体の一部が喰いちぎられる。
黒猫の少女の口元が真っ赤に染まる。
ブシャアアアアアアアアアアアアア!!!
真っ赤な鮮血が噴水のように吹き出す。
ワンルームの天井、竜の眠る眼球と繋がる透明なパイプを赤々と染める。
「 あ あは ああはあは 」
肉体の一部を損傷した、怪物が赤子の笑い声のようにかすかな鳴き声を発している。
血液の勢いは止まらない。
溢れた温かさが床を塗らす。
赤い体液の小さな波が広がり、メイの爪先を生ぬるく濡らした。
「さようなら」
メイは、そして魔法使いたちは、シイニの最後の言葉を聞いたような気がした。
「次は、彼女はちゃんと殺せるかな?」
問いかけだけを残した。
シイニの魔力は、何処かにある海の底へと沈んでいった。
…………。
沈黙が流れる。
「しんじゃった」
メイが事実をつぶやいている。
シイニがキンシに首を食い千切られて殺された。
呆気ない死に、しかしてメイは疑問を抱かずにはいられないでいる。
「彼女」とは誰か?
どうしてシイニは図書館の奥に眠る竜を知っていたのか?
というか、この竜は何者なのか?
キンシとどういう関係性があるのか?
クエスチョンマークは尽きることを知らない。
だが、それよりも先に解決せねばならない問題があった。
「ぎゃああああああああああ!!!」
獲物を殺した興奮。
殺害の快感に震える、黒猫の怪獣があり余る力を発散させるための相手を探そうとしている。
右目の肉眼が爛々と煌めく。
黒真珠のように丸々と拡大された瞳孔に、メイの姿が映り込んだ。
黒猫の前に白色の小鳥ちゃん。
Eat me!!!としか言いようがない。
攻撃と殺害欲求に飢えた黒猫が、メイの喉元に食らいつこうとした。
前脚と後ろ足でしっかりと地面を繋がりあう。
尻尾はブワワ! とたわしのように膨らんでいる。
下半身をフリフリと振り、さあ! 飛び付こうとする。
「きゃ」
メイが悲鳴を上げようとした。
だが、それと同時にメイの左側から銀色の光が走っていた。
金属の鎖の一閃が、黒猫の喉元にめがけて発射されていた。
鎖の先端が黒猫の首元に巻き付き、もう片方の先端を握りしめるトゥーイがその繋がりを伝って走り出している。
電撃のような速さにて、トゥーイは黒猫の背後へとまわりこんでいる。
背中に青年ひとり分の重さを加えられた。
「しゃあああああああああん!!!」
黒猫は不快そうにいなないていた。
まるでロデオのように、暴れ狂う黒猫の背中。
その上で、トゥーイは人差し指と中指に魔力を集中させる。
電撃のような性質を持つ、トゥーイの特異な魔法が指先に作成される。
紫色の電流、のような魔力の流れが煌めいた。
ピースサインのような形で、トゥーイはこの場面に平和をもたらそうとした。
魔法使いの青年の指が黒猫の首の後ろに突き立てられた。
ビリリ!
電流が流れた、短い音が鳴る。
「にぎゃ」
小さく鳴いた、そのあとに黒猫の体が崩れ落ちていた。
どさり、と黒い毛の塊がトゥーイの体ごとワンルームの床の上に転げ落ちた。
黒猫の背中からトゥーイの体がこぼれ落ちる。
ろくな受け身をとることも出来ずに、青年の髪の毛が血だまりに沈む。
青年の雪のように真っ白な髪の毛と、黒猫の少女の真っ赤な体液が触れ合う。
血液に濡れながら、黒猫の体からしゅるるん、しゅるるんと黒い糸がほつれていく。
おそらく元の形、怪獣から元の少女の形に戻るのだろう。
魔力の塊が解放されていく。
ぐったりとしている黒い毛玉の横を通り抜けて、メイはワンルームの中心に眠る竜に近づく。
「あなたは……」
メイは緑色の虹彩をもった、拡大された眼球に指を触れ合せる。
ほのかにあたたかい。
緑色の、キンシの右目と同じ色を持つ眼球。
「そう、もしかして、キンシちゃんのお父様なのね」
メイが追及をしている。
「……ええ、ええ、そうです」
魔女の直感に、答えているのはキンシの声音であった。
「それがキンシ、本当のキンシなんです」
キンシは血のたまりに左頬を寄せながら、空っぽになったままの左目を小さくまばたきさせる。
「僕は、代替え品のキンシ。僕のせいで、お父さんは……」
やがてキンシ、と自らを父親の名前を借りる。
魔法使いの少女は、疲れて眠ってしまっていた。




