表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1040/1412

しっぽをまっすぐたてろ

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「どこに行ってしまわれたのでしょう?!」


 キンシが慌てふためいている。

 魔法使いの少女の疑問に、オーギが簡単で単純な受け答えをしていた。


「たぶんだが、おそらく……お前さんの秘密について、知りたがっているんじゃねェの?」


 オーギがあえて具体性を削り落とした表現方法を選んでいる。


 曖昧な言い方をしている。

 先輩魔法使いの予測に対して、彼女たちはそれぞれに異なった反応を示していた。


「ヒミツ? ヒミツってなんのことかしら?」


 メイが疑問と同時に、ある種の好奇心のようなものを抱いている。

 白色の羽毛を生やした魔女は、疑問文を口にしたとほぼ同時に視線をキンシの方に移している。


 魔女の紅色の瞳が映す対象。

 そこはキンシという名前の、魔法使いの少女ひとりであった。


「……そんな」


 人々の注目を浴びている。

 キンシはしかして他者の好奇の視線よりも、己の内に抱き始めた予感の方に深く、強く恐怖心を抱いているようだった。


「…………」トゥーイの右手がキンシの肩に触れあっている。


 魔法使いの青年の方を、しかしてキンシは見ることさえできないでいた。


「ヒミツ」


 メイは少し考える。

 しかし思考の動作は、ほとんど形だけのものでしかなかった。


「図書館の、最奥部に、いっちゃったのね」


 メイが状況を具体的に言葉にしている。


「私も知らない、キンシちゃんの魔法のヒミツを、どうしてあの人たちがねらうのかしら?」


 魔女の疑問に答える声はない。


「いずれにしても、だ」オーギが次の行動を起こそうとしている。


「このままじゃ、ウチの事務所に所属している人員(魔法使い)に被害が出る」


 オーギは魔法の薬箱の取っ手を右手で握りしめる。


「秘密をばらされたくなきゃ、急いであの繭のなかに飛び込んでみるんだな」


 オーギが左の指で、大きな純白の繭を指し示している。


「オレはこの場所、グチャグチャのヘルタースケルターにされた魔術式を元通りにすっから」


 先輩魔法使いが、魔女の方に視線を向けている。


「あとは、コイツがヘタに暴走しないことを願うしかねえな」


 若き魔法使いの、深い茶色の瞳に憂いが浮かぶ。


 心配を向けられている。

 だがキンシの方は、いまは他者の思いやりにすら気付けないでいるらしかった。


 駆け出している。


「キンシちゃん?!」


 メイが呼んでいる声すらも無視して、キンシは繭のなかに体を飛びこませていた。


 魔法少女の体が繭の向こう側、繋がってしまった魔法の図書館のなかへと沈んで行っている。


「…………」


 その後を、当り前のようにトゥーイが無言で追いかけている。


「ああ、もう!」


 もう状況の説明を求めている暇はないと、判断を下したメイが奥歯を噛みしめながら走り出していた。


 …………。


 転移魔術式の波のなかを通り抜けた。

 その先、キンシの魔法の図書館はひどい有り様になっていた。


「たいへん、ぐちゃぐちゃだわ」


 メイが息をのみ、たまらず口元を両手でおおっている。


 蜂の巣のように美しく、ところ狭しと空間を埋め尽くしていた書架。

 それが今は、巨大な腕と足に踏み荒らされたかのように破壊されていた。


 犯人は言わずもがな。

 しかしながら、メイにはいまだに彼らの目的が上手く理解できないでいる。


「どうして、こんなことを?」


 メイにしてみれば、キンシの図書館が破壊されることなどさしたる問題では無かった。

 壊れたものは、ただ単純に丁寧になおせば済む話なのである。


 それは魔法にも共通していることだった。


 重要なのは、彼らの目的が図書館そのものではなく、それとはまた別の部分にあることであった。


「僕の魔法の正体なんて、そう大した物ではないのですよ」


 キンシが口を開いている。

 

 まだ、言葉を考えるだけの余裕はあるらしかった。


 だが、メイは少女の口調に底知れぬ冷たさを感じずにはいられないでいた。


「キンシちゃん?」


 メイがキンシの方を見る。

 

 魔法少女は荒れた図書館の上、そこらじゅうに散らばり、海中のチリのように浮遊する本と本の隙間の空白にたたずんでいる。

 

 表情は暗がりで見えない。

 悲しんでいるのか、あるいは怒っているのか、憎んでいるのかさえも判別できない。


 メイが少女の表情を確認しようとする。

 

 しかしその頃には、キンシはすでに決意を固めていた。


「メイお嬢さん、メイさん……ごめんなさい」


 キンシがメイのことを、自然に呼んでいる。


 誰かの名前を呼んでいた、魔法少女の表情は微笑みを浮かべている。


「少し、お見苦しいところを見せてしまうかもしれません」


 空白のノートに文字を静かに綴るように、雨に湿った唇が動いていた。


「……」


 唇はもう言葉を紡がない。

 その代わりに、キンシは右手でそっと眼鏡を外している。


 外した眼鏡を丁寧に上着のポケットにしまう。


 キンシは左手に万年筆を発現させる。

 魔法少女にとっての魔法の道具。


 魔法を作るためのそれ、ペン先を迷うことなく左目に突き刺していた。



 バキン。



 硬いもの、守っていた何かが壊れた音がした。


 瞬間、キンシの体が崩壊していた。

 

 肉体を構成していた要素が、無数の糸のようにほろほろと崩れていっている。


 大量の銀色の糸。

 増幅する輝きがとけるキンシの体を包み込み、やがて大きな黒い塊となる。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ