濡れた純白と純潔を指で掻き乱そう
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オーギは自らの魔法の武器である薬箱を操作している。
木製の重厚な素材の内側、守られた内部には大量の中身がたっぷりと詰まった香水瓶が並んでいる。
魔法の薬箱は上にオーギの体を乗せたままで、彼の魔力に反応しながら浮遊力を得続けていた。
もとより十センチほどの浮遊力を得てていた。
薬箱は、今この瞬間においてオーギの魔力、意識の形、心の行く先に従って更なる浮上を実行している。
若い男性の魔法使いの体重を軽々と受け止めている。
魔法の薬箱は、上に若き魔法使いを乗せたままでスーパーマーケットの上空を飛び去っていた。
「ヒャッホーイ!! 厄介事だぜー?!」
オーギが、謎に魔法使いたちにしか聞こえない音量にて、これから起こる珍事についての期待を言葉の上に叫んでいた。
「ま、待ってくださいー! オーギせんぱーい!」
先輩魔法使いの後を、キンシはスーパーマーケット床の上を走りながら追いかけている。
「まあ!」キンシの行動にメイが驚きをおぼえている。
小さく驚愕しているメイの体を、左側から抱え上げる青年の腕が存在していた。
「トゥ!」
メイがトゥーイの名前を呼んでいる。
トゥーイはメイの小さな体を左側の小脇に抱え込んでいた。
「…………」
唇は沈黙を保ったままでいる。
「ちょうどが良いわ」
メイは自分の肉体が米袋のように抱えられている。
この状況は彼女にとって大した問題では無いように思われていた。
「このまま、キンシちゃんたちのあとを追いかけるのね?」
「…………」
トゥーイは無言のままでコクリ、とうなずいている。
…………。
たどり着いた。
そこは若き魔法使いたちにとって、すでにいくらか見知った場所であった。
スーパーマーケットの出入り口。
魔法使いたちが使用した無人の自動ドア。
そのすぐ近くに備え付けられている巨大な純白の繭の並び。
三つほど並んでいる繭。
それらはこの灰笛という名前の地方都市に暮らす良き、善き一般市民の健康な肉体を守るために必要不可欠な機構、技術の一つである。
……あるのだが、しかし……。
「まあ、たいへん」
トゥーイに小脇に抱えられている、メイが状況を見てひとことコメントを呈している。
白色の羽毛を生やした、小鳥のような魔女がそのように言っている。
状況は確かに、そうとしか表現しようのないほどに混沌であった。
「うわわ……っ?!」冷静そうな魔女の対応とは相対をなすかのように、キンシは心の底から慌てふためいている様子であった。
「ま、まま、繭から色んな、色んな? 足が飛び出ていますよっ?!」
キンシがそう表現をしている。
状況は確かに、そうとしか言いようのない有り様であった。
「 …… …… ……」
浮遊する純白の繭、のような形状を持つ転移魔術式。
合間から魔術式を利用する人間が体を店内へと捻り出す。
そこまでの前提は、おおよそ「普通」の人間と何ら変わりはない。
のだが、しかしながら問題なのは、繭の合間を割って出てこようとしている足の形であった。
「まず、あれは……」
キンシが顔面に身に着けている眼鏡、丸っこいレンズを指で調整しながら、この空間に現れようとしている存在について観察している。
「人間の手ですね。繊細な指使い、冷たい所から来たのでしょうか? しもやけしたかのように、桃色になっています」
キンシは繭の割れ目に一歩近づいている。
「その横に、あれは馬の足でしょうか?」
「いや? 馬にしては蹄がでけえな」オーギが浮遊する薬箱に乗っかったままで、合いの手のような反論を加えている。
「たぶん、ロバじゃね?」
「なるほど、ロバですか」
キンシは先輩魔法使いの意見にそれとなく同意だけを返している。
「しかしながら、その後に続く色鮮やかな突起物は、して、どのように表現したものか……?」
キンシはうんうんと悩ましげにしている。
魔法少女が悩んでいる。
突起物は、およそこの世界における「普通」の生命体の常識にかなわない色彩と形状をもっていた。
鋭いツノ、牙というべきか。
象牙のような滑らかさをもっている。
突起物は二揃いあり、一つは瑪瑙のような隆線を幾重にも重ね合せている。
そしてもう一振りは貝殻の内側のような虹色を放っている。
繊細かつ雄大な大海原の気配を感じさせる、波の気配が今は所作なく虚空を掻き毟っている。
「綺麗な突起物です……」
キンシが感動を覚えている。
「いやいやいや……」その右隣にて、オーギが薬箱の縁をコツコツと指で軽く小突いている。
「それはそれとして、一番下っかわからはみ出とる獣みてェな爪、あれは色々と厄介そうだぜ?」
模様は突起物と類似した華美なる色彩を有している。
キンシが舌なめずりをしながら、繭の下側に視線を向けている。
そこには人間のそれとよく類似した形状がある。
だが爪の長さ、表面の硬質さ、冷たさが確実に異形の存在であることを重ねて実感させられていた。
キンシは繭に歩み寄り、はみ出ている足の群れたちに近寄ろうとする。
「とりあえず、触ってみますね」
魔法使いの少女がそうしようとする。
その動きを、止める腕がいくつか存在していた。




