見世物小屋の前に不安を転がす
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「キンシちゃん」
メイがキンシにひとつ、提案をしている。
「せっかくお店にきたし、なにかすきなお菓子をひとつ、買ってもいいわよ」
「ホントですか!」
キンシが頭から頭巾を外しながら、さっそくと言わんばかりに黒色の毛髪をブワワ、と興奮に膨らませている。
「やったー! やったー! なににしようかなあ」
キンシが慌ただしく店のなかへと駆け出そうとしている。
魔法使いの少女のあとを、メイがせわしない様子でおいかけようとしていた。
「はしったら危ないわよー。お菓子はにげたりしないから、落ちついてえらびなさい」
幼い見た目をした魔女が、魔法少女の後ろ姿に続く。
彼女たちのやり取りを見ていた。
「やれやれ」
シイニという名前の人喰い怪物が子供用自転車の姿のままにて、目の前の光景の奇妙さについてを言葉の上に表現している。
「あれじゃまるで、どっちが年上なのか分かりっこない……──」
そう言いかけたところで、シイニは言葉を幾ばかりか無理矢理に区切っている。
「──……っと、この話題は彼女たちにとって、特にメイ君にとってはかなりデリケートでセンシティブな無いようだったかな?」
シイニは確認と同時に同意を求めるように、前輪を少し左に傾けている。
子供用自転車のような姿をした、シイニ身体に備え付けられている警戒用ライトの円形が、左隣に歩いていたトゥーイの肉体に定められている。
「…………」
シイニに問いかけられた。
トゥーイはしばしのあいだ、沈黙を口元に許している。
トゥーイの口元、右側の頬にかなり酷い裂傷が走っている。
まるで「口裂け女」のようになっている、傷痕はホッチキスのような留め具で雑に処理がなされていた。
「…………」
トゥーイは口を閉じたままにしている。
やがて両側の手の平を上に小さく軽く運び、「どうなんだろうな?」というジェスチャーだけを作ってみせていた。
「おや?」魔法使いの青年からのリアクションに、シイニがふと疑問を抱いている。
「トゥーイ君、いつもの通りの怪文法は使わないのかい?」
スーパーマーケットの内部を走行しながら、シイニは次の瞬間には理解力を至らせている。
「……ああ、そうか、発声補助装置はキンシ君が預かったままになっているんだね」
シイニが一人で勝手に納得を重ねている。
彼の声を聞いている。
トゥーイは白色の柴犬のような聴覚器官にて、チリ埃を振り払うように毛先をピクピク、と動かしている。
トゥーイは視線をスーパーマーケットの店内に巡らせる。
店は七階に分けられた、ビルひとつ丸ごとが利用できるタイプの店舗であった。
今回魔法使いたちは一階部分、生鮮食品を主に扱うフロアを利用することになる。
ほとんど人間に使用されることのないガラスの自動ドア。
ドアを抜けて右側に望めるのは、広々とした果物売り場であった。
色とりどりのフルーツたちが並ぶ、区域はそこに限定されて南国の甘い香りに包まれているような気がする。
……いや、トゥーイ自身は、南国と呼べる環境の土地に訪れたことなどほとんどないのだが。
ともかく、トゥーイは足を果物売り場のなかにあてどなくさまよわせていた。
ふと、足を止める。
そこには赤いリンゴのひと山が販売されていた。
「おお、リンゴではないか」シイニがトゥーイの右斜め前あたりで車輪の動きを一時停止させている。
「本物のリンゴ! なんと芳しい……」
シイニはひとしきり感動した後に、トゥーイに提案をしている。
「どうだい? 今日一日……偽物のリンゴばっかり相手にしてきたから、ここいらでひとつ本物の甘ーいリンゴで心を癒したりしてみないかい?」
子供用自転車のような姿をした彼に提案をされた。
それに否定の意を伝えているのは、彼らのもとに近づいてくるオーギの姿であった。
「その提案は、魔法使いにとっては贅沢が過ぎるってもんスよ」
声のする方を見れば、オーギが魔法の薬箱に乗っかったままの姿勢で、左腕にバナナを抱えているのが確認できた。
「おお、ナグ・オーギ君……だったかな?」
「わざわざフルネームで呼ぶこたァねえよ」
シイニの呼び方にオーギがブルル……と寒気を覚える素振りを見せている。
拒絶を伝えるついでに、オーギはトゥーイの方に確認を取っている。
「トイ坊は? リンゴでも買うのか?」
「…………」
先輩である魔法使いに問いかけられた。
トゥーイは首を横にフルル……と振ることで、否定の意を簡単に伝えていた。
「あっそ」
オーギは浮遊する魔法の薬箱に乗っかったままで、左手に携えていたバナナ入りのビニール袋をふらふらと見せつけている。
「オレはこれ。見切り品で八十今、ヤバくね?」
「今」という単語にシイニはこっそり、ほんの少しだけ困惑をする。
一秒だけ考えた後に、シイニはその言葉がこの世界、この鉄の国と呼ばれる文化圏においての通貨の呼び名であることを理解している。
「…………!!」
子供用自転車の彼が密なる異文化……ないし異世界交流を行っている。
その左隣にて、トゥーイがバナナの安価具合に興奮の様子を見せていた。




