さめざめと流るる殺風景とウサギちゃん
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます!
しかしながら、白色の羽毛を持つ魔女の美的感覚など、転移魔術式を使用している一般市民にはなんの関係性も無かった。
「よいしょっと」
スーパーマーケットに備え付けられた転移魔術式。
純白の巨大な繭のような形状から体を店内へと滑りこませているのは、一人の健康そうな老齢の男性であった。
「なんや、若っかい女の子の悲鳴が聞こえたようなきがするんやけど?」
老齢の男性が、頭に生えている兎のような聴覚器官をピクリ、と動かしている。
アスファルトの上に咲くナガミヒナゲシの花弁のように、やさしいオレンジ色をしたフワンフワンの産毛が長い耳の根元を優しく包み込んでいる。
体毛は長い耳の先端まで生え、先っちょの毛が少しの余分となり、毛先でコショコショと空間をくすぐっている。
耳の内側には、桜の花びらのように柔和なピンク色の地肌が映えている。
老齢ながらもその内の健康度を世界に知らしめるように、男性の薄い耳の内側にて血色の美しさが生命の気配を分かりやすくハッキリと周囲に示していた。
「なんや? 事件か?」
老齢の男性は優しいオレンジ色の耳をせわしなくピクピク、と動かしている。
「殺しか? 殺しなんやな?」
まるで覚えたての言葉をむやみやたらと使いたがる幼児のように、老齢の男性が鼻腔をヒクヒクとさせて興奮の意を若い魔法使いたちに伝えている。
「あー……すんません、違うんすよ」
老齢の男性に対して、オーギが申し訳なさそうに弁明をしている。
「まだ何も起きとりません、落ちついて。ほら、後ろがつっかえとりますよ」
オーギに指摘をされた。
老齢の男性はまず柔和なオレンジ色の兎のような聴覚器官をクルリ、と後ろ側に向けている。
音を確認した。
確かにオーギの言う通り、老齢の男性の後ろ側には別の手の平が、先行きの行き詰まりに疑問と不満点を抱くように、純白の繭から指先をのぞかせていた。
「おっと、こいつァいけねえ」
老齢の男性はそういうや否や、サッと厚手のセーターに包まれた上半身を繭から捻り出している。
「すんません、すんません、先頭なのにのんびりしちまって」
そう謝りながら、柔和なオレンジ色の兎のような聴覚器官をもった老齢の男性は、そそくさとスーパーマーケットの店内へと移動していった。
「元気そうなお爺さんでしたね」キンシがそのように表現をしている。
しかしながら魔法使いの少女の関心は、メイとは共通しているわけでは無いようだった。
「うわあ……繭からつぎつぎと、お客さんたちがでてきているわ」
メイは失望をしたように、純白の繭から割って出てくる人々の群れ群れを眺めていた。
自動ドアを使って入店をするのと、何ら変わりはないように思われる。
スーパーマーケットの利用客たちは、いずこから繋がりあっている転移魔術式を使いながら店に入り続けている。
「うん、うん」
オーギが安心をしたように、鼻孔で静かに呼吸をしながらうなずきを小さく繰り返している。
「転移魔術式の運用は、とりあえずのところ無事に完遂できてそうだな」
事実を確認しながら、オーギはあらためて純白の白い繭の並びを、関心を込めた視線で見やっている。
「さすが、古城の魔術師のクオリティは伊達じゃねェってところか」
ここにはいない誰かに賞賛の言葉を送っている。
「さて、と」
オーギはひとしきり感動を覚えた後で、視線を後輩の魔法使いたちに差し向けている。
「お前ぇらは? ここに買い物しに来たんじゃねえのか?」
オーギにそう指摘をされた。
メイがいの一番に、体に生えている羽毛をブワワ! と膨らませて反応をしていた。
「そうだったわ! ええ、そうよ」
まるでたったいま自分の都合を思い出したかのように、メイはキンシらがいる方にサッと身をひるがえしている。
「お買いものをしなくちゃ! さあ、いきましょう、キンシちゃん、トゥ、あとオーギ先輩」
そしてメイは店内へと身を進ませようとしている。
「あ、待ってくださいよ、メイお嬢さん」
キンシがその後を、とことこと追いかけていっている。
「オレも、なんか買い出しをしておくかあー」
後輩である少女と幼女の後ろ姿を眺めながら、オーギが今のところのんびりとした様子で店内を歩いている。
後に残された。
「…………」
店の入り口付近。
誰の姿も捉えない、前時代的な機能だけが形を町の中に残している。
トゥーイに見下ろされている、子供用自転車の姿に封印された彼。
シイニが、子供用自転車の姿のどこかに隠している口を開く。
「……手前を呼び忘れたのは、わざとだよね、そうだよね?」
縋るような口調になってしまっているのは、シイニ自身が幼い見た目の魔女に可愛らしさを見出している。
その証明、勝手な思い込みにすぎなかった。
救いを求めるように、シイニが前輪と後輪をクルクルと店の床の上で転がしている。
彼らの後を少しの間視線で追いかけていた。
「…………」
トゥーイが最後の番と、名前を呼ばれた安心感のなかにて次の空間へと足を運んでいた。
トコトコと、若き魔法使いたちがそれぞれの日常を噛みしめる。




