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彼はいずれ玉の輿に乗るのだろう

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 オーギという名前の、灰笛(はいふえ)に暮らす若い魔法使いは、右手の中に薬箱を携えている。


 まくり上げられた藍色のレインコートの下。

 剥き出しになった呪いの火傷痕が、かすかな光を放っている。


 オーギの魔力に反応して、魔法の薬箱がその中身をさらけ出していた。


 魔法の道具であり、同時に武器にもなる。

 しかけたっぷりの薬箱の中身は三段階に区分けされていた。


 一番上の段には色とりどりのナゾの水薬……らしきモノ。


 液体が揺れ動く、その下の段、二段目にはより大きなサイズの薬瓶が詰め込まれている。

 量が多い分、搭載された中身の液体たち色彩はさらなる存在感を放っている。


 三段目、やはりそこにはガラス瓶が並んでいるが、最後の段には液体は満たされていなかった。


 では何かあるか?


 例えば、カサカサに乾燥させたナゾの花。

 例えば、瓶の底に濃厚な紫色が沈殿している、何かしらの生き物の血と肉のかけら。

 

 例えば、おそらくは、リンゴの形状に整えられた魔力鉱物の結晶体を砕いて詰めたもの。


 魔法の力を宿した液体。

 ナグ・オーギという名前の魔法使いにとっては、香水に類する液体を作成するための材料たち。


 それらが、魔法の薬箱のほとんどを埋め尽くしていた。


「ヘーイ、カモーン!」


 オーギは薬箱の中身を天に、そこから降ってくるリンゴ型魔力鉱物の群れ群れに向けて開放していた。


 色とりどりのリンゴ型魔力鉱物が、オーギの薬箱のなかへ次々と吸い込まれていく。


「まあ!」


 メイが驚いている。

 白色の羽毛を生やした魔女が驚いているのは、オーギの薬箱にはリンゴ型魔力鉱物を収められるほどの余裕がないことであった。


 白色の魔女の記憶が違っていなければ、薬箱にはこれでもかという程の大量の薬瓶……もとい、香水瓶が収められている。


 そのはずだった。


 にもかかわらず、薬箱は何ら問題もないままに、難なくリンゴ型魔力鉱物の群れ群れをその身に受け止めていた。


 魔力鉱物の結晶体をその身に収めた。

 魔法の薬箱の蓋を、オーギは箱に備え付けられた取っ手から箱全体を少し傾けることで軽々と、軽妙に閉じている。


「おっし! 納品完了!!」


 オーギがそう宣言をしている。 


「ええ?! これで終わり?」


 若い魔法使いの言葉に、メイがいよいよ驚愕を新鮮なものにしていた。


「あ? なんか問題でもあったか?」


 若干慌て気味のメイにたいして、オーギが逆に怪しむような素振りを見せている。


 疑問の視線を幼い見た目の魔女に向けつつ、オーギは右の片手で魔法の薬箱を自分の側へと引き寄せている。


 キャリーバッグのような取っ手をオーギは操作する。

 その姿は国際空港を行き交う、今をときめくビジネスマンのような活気が満ち溢れていた。


「ふふぃー……、明日の仕事が増えちまったぜ」


 実際には、雨雲にくすんだ地方都市に暮らす冴えない、一介の魔法使いでしかない。


 とはいうものの、メイはそれをオーギに決して直接言おうとはしなかった。


「魔法使いさんの事務所に、ご連絡をいれなくちゃいけないのね」


 メイは思いついた嫌な想像をかき消すように、自らの肉体へ別の話題を吹っ掛けていた。


「レンラクがおくれてしまって、怒られたりしないかしら?」


 メイがちいさく怯えのようなものを、肉の少ない、まな板のように薄い胸の内に抱いている。 


「あー……そのへんは大丈夫ですよ、メイお嬢さん」


 白色の魔女の不安を払拭しようとしているのは、キンシののんびり、のほほんとした声音であった。


「なんてったってオーギさんは、事務所の社長のご令嬢、シマエさんとそれはそれは……それはもう、ずぶずぶの関係なんですから……」


「ずぶずぶ」


 キンシの表現方法、いかにも妖しげなものの言いかたに、メイは必然的にいやらしい想像をせずにはいられないでいた。


「ええ、そうです、ずぶずぶです……」


 メイの左側。

 魔女の側頭部に生えている、植物種によく見られる椿の花のような形状をした聴覚器官に、キンシはささやき続けている。


「将来は逆玉の輿も夢ではない。オーギさんの未来はあかる……──」


 そこまで言いかけたところで、キンシの側頭部を二つの拳が圧迫していた。


「なーにが、逆玉じゃい! このクソガキが」


 オーギが握り拳でグリグリと、キンシの頭蓋骨を抉るようにしている。


一丁前(いっちょまえ)に個人のアダルトな問題にツッコミやがって、しゃらくせェんだっての」


「い、痛だだだだだっ?! オーギさん、痛いです!! 痛いです!!」


 叱責の攻撃を受けている。

 キンシが悲鳴をあげていた。


「だーから! 仕事上は「オーギさん」じゃなくて「オーギ先輩」って呼べって、何べん言ったら分かるんじゃい!」


 オーギがさらに拳の勢いを強めている。

 

 痛みに耐えかねた、キンシが身内に助けを求めていた。


「た、たたた! 助けてください! トゥーイさん!」


 キンシが実に情けない声を発している。


 その様子を見ていた。


「…………」


 トゥーイは比較的健康な左目にて、魔法少女の姿を見ていた。


「…………うふ」


 その後に、トゥーイは口元に小さく笑みを浮かべていた。

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