床のひび割れに注意
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「説教じみた話はこの際もうしねェよ。あんさんに何を言っても、いわゆるところの馬耳東風ってやつだ」
「あら、そんなことないわよ? オーギさん」
オーギに向けて、メイが小さくふんわりとした口調で否定をしようとしていた。
「やっぱり、いきなりなんの連絡も伝達も、前ぶれもなく転移魔術をつかうのは、あぶないわよね」
メイが自己反省をしている。
幼い見た目の魔女がしょんぼりとしている。
そうしていると、彼女の腰のあたりに展開されていた翼がスルンスルンと閉じられていくのが見えた。
鳥の獣人族特有の、魔力によって構成されている、飛行に適した個人の能力。
それがいまたたまれている。
そうしていると、まるでバレリーナのプリマドンナが着用する衣装のような、ふんわりとした膨らみをメイの腰にもたらしている。
「ごめんなさい、オーギさん」
メイは男性たちの手を離し、オーギの方に体を向けてペコリ、と頭を下げている。
「あー……うん」
魔女の謝罪を受け取った。
しかしてオーギは逆に、段々と自分がとても情けない存在のように思われて仕方がなくなっていくようであるらしかった。
「まあ、お互いほとんど怪我がないなら、それでいいんじゃね?」
幼女の姿にしか見えない。
魔女が、決してその内に幼女とは呼べそうにない精神構造を宿していること。
そのことをオーギは心に強く自覚しようとした。
だが、だととしても、やはりと言うべきか、見た目の印象はそうそう変えられそうになかった。
傍から見れば、健康な青年が幼女を一方的に叱りつけているようにしか見えないのだろう。
「とりあえず、だ」
オーギは道行く人々の視線を意識しつつ、手元に持っていた透明なビニール傘をクルリ、と小さく回転させている。
「わざわざ転移魔術まで使って、俺に会いに来たってのはなんか、急用でもあるんか?」
オーギは予想をたてる中で、ハッと嫌な予感に身を小さく緊張させている。
「もしかして……またキー坊が変なことでもしでかしたんか?」
「キー坊」と言うのがオーギにとってのキンシの呼び名であること。
そのことをすでにメイたちは頭のなかで理解していた。
「いいえ、そんなことはないわ」
魔法少女の失態を確認されそうになった。
メイはとりあえず、否定の意をオーギに伝えようとしている。
「キンシちゃんは今日もいいこで、おとなしく……──」
だが、言いかけたところでメイは中途半端に言葉を途切れさせていた。
はて? どうしたものか。
今日一日の魔法使いの少女の行動は、とてもじゃないが「いいこ」の範疇に収まりきらないもののように思われて仕方がない。
「メイ?」
言葉を半端なところで止めてしまっている。
オーギがメイの様子、口元を怪訝そうに見ていた。
「もしかして……またあいつ、変な問題起こしたんか?」
オーギの視線に、先輩魔法使いとしての鋭さが宿りそうになった。
頭上には魔力鉱物を搭載した街灯の灯りが輝く。
青白い光を頭上に、オーギの顔は夜の暗闇に半分だけ溶けている。
暗がりのなかで、先輩魔法使いの眼球が左右に白目のキラキラとした煌めきを妙に目立たせている。
「う、ううん! だいじょうぶよ、問題はさいごにはきちんと、きっちりとお片づけしてきたから!」
オーギの睨みに、メイは当事者ではなくとも関係者と呼べてしまえる、自分の立場に強い不安感を覚えそうになっていた。
「片付けた?」
メイの過去語りにオーギが目を剥いていた。
「クソッ……あいつ、まーた何かしらの問題起こしやがったな」
オーギは忌々しそうにしている。
困り果てるように、右手で額の右側をかき上げる。
ハサミで綺麗に整えられた前髪が、指の動きに合わせて雑に巻き上げられている。
「ちがうわ!」
オーギが勘違いをしそうになっているのを、メイはすこしあわてて訂正しようとしていた。
「キンシちゃんはなにも悪くないの。……ただちょっと、喫茶店のかべをいちまいこわしたくらいで」
「はあ?! 壁だあ?!」
失言をしてしまった。
「あ! えっと、ちがう、ちがうの」
もっと別の言い方をするべきであった。
たとえば……灰笛清き良き、「普通」の一般市民である人々を守るために、恐ろしき人喰い怪物を退治したとか、だとか。
「だから、キンシちゃんはなにも悪くないのよ?」
メイが一生懸命に、魔法使いの少女に対する弁明をしている。
だが、いくら魔女が今日起きたばかりの事情などを語ったとしても、オーギの憤りが治まる要因とはならなかったらしい。
「かばうこたねェよ、メイのお嬢ちゃんよ」
オーギは静かに頭を降っている。
「ペナルティはすでに決まっているからな」
「そんな……!」
メイが動揺したままで、体を前に進ませようとしている。
水たまりに足を踏み入れた。
ちゃぷん。
メイの裸足が水の集合体に少し沈む。
と、メイの足の裏は、水たまりのなかに沈んでいた「異物」を感じ取っていた。
「うにゃん」
メイが踏んだ、猫耳を生やした頭が小さく悲鳴を上げていた。
「きゃあ?!」
髪の毛の感触を踏んでしまった。
メイもまた、悲鳴を上げていた。




