だから俺も彼女に何か特別なことをしたくなるのだろう
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図書館の天井と呼ぶには、それはいささか違和感のあるものであった。
海岸線に生えるゴツゴツとした岩肌のような、頑強そうな表面。
その中心、つまりはメイから見てちょうど視線の直線状に繋がるところ。
部分にて、まるでちょうどよくこしらえたかのように、透明な穴のようなものが開け放たれている。
「あれは、天井、図書館の天井」
メイは魔力によって作成した白色の翼を羽ばたかせながら、じわりじわりと天井に向かって体を近寄らせようとしている。
「でも、どうして?」
本音を言えば、今すぐにでも発現したばかりの天井に身を投じたかった。
メイがそう出来ないのには、おおきな理由が二つある。
一つは……考えたところで、メイはみずからの頬が赤く熱く火照るのを感じていた。
いやらしく、蠱惑的で甘い、セクシーな幻想の島に迷いこみかけた。
メイは妄想と欲望を振り払うために、熱を帯びてしまった視線を逃す行く先をさがそうとした。
天井を見ても熱は消えそうにない。
メイはとっさに下を見る。
図書館の下、果ての無い下。
蜂の巣のような書架がずらりと並んでいる。
思えば、あの下側に広がる書架の群れにそって、メイはトゥーイの姿を探し当てたのだった。
それはそれとして、しかしながら……これはどういうことなのだろう?
メイは新しい疑問を抱いている。
「私が通ってきた道は、あんなにも、長かったかしら?」
下側を見た、メイが違和感に気付いた。
あからさまに道が長すぎるのである。
歩いてきた道はせいぜい五分にも満たなかったはずだ。
メイはトゥーイの姿を図書館の中に探し、求めた。
ただそれだけのことで、メイは本を読んでいるトゥーイの姿を見つけ出したのだ。
「そうなのね、そういうことなのね」
道の長さを見て、メイはこの未知なる現象の正体を理解しようとした。
「そうだったわ、この図書館は、求めるひとを優遇するのだったわね」
メイはつかの間に、過去に起きた事件についてを思い出している。
「私が初めてここにきたときだって、ちゃんと歓迎してもらったのに」
メイはかつての傷痕を透明な指でなぞる。
「忘れちゃいけなかったわね」
自己反省をしていると、メイの視界にトゥーイの姿が再確認されていた。
「…………」
トゥーイは相変わらず黙ったままでいる。
魔力によって削り落とされた重力に、肉体をフワフワと漂わせている。
「……」
メイは魔法使いである、青年の右目を見下ろす。
そこには植物種としての特徴である、バラの花に類似した器官が生えているのが確認できた。
青紫のバラは眼窩をほとんど圧迫してしまっている。
ちょうどメイの聴覚器官が椿の花のような器官に成り代わっているかのように、青年の右目に瑞々しく咲き誇っていた。
花の姿を見ていると、メイは心のうちに滾っていた性的な欲求のようなものが平静になっていくのを感じていた。
「うん、それはそれとして、はやく天井の先にいかないと、ね」
理由のもう一つは、すでにメイの手の中に存在していた。
メイはトゥーイの指の感触、触れ合って熱と湿気がこもり始めている触れ合いのなかに安らぎを覚えていた。
「ようし! 上昇するわよ!」
確信を得た。
メイはためらうことなく、翼を羽ばたかせる。
トゥーイと共に、メイは天井に開け放たれた穴に身を突入させていた。
…………。
ざっっっぱぁぁぁあああんんんんんん!!!
「ン、ぎゃああああッ?!」
道を歩いていたら、いきなり幼女と青年が水たまりから飛び出してきた。
たまたま近くにいた若い人間が、現れた異物に対して驚き、ドッカリと硬いアスファルトへ尻餅をついている。
「あら」
バサバサバサッ! と翼を羽ばたかせながら、メイが目の前に現れた人物を視界のなかにみとめている。
「ナグ・オーギさんじゃない」
メイは目のまえにいる若い男性、知り合いである若い魔法使いの名前を読んでいた。
「どうして、こんなところに?」
メイがオーギに向けて問いかけている。
幼い見た目の魔女に問い質された。
「それはこっちに台詞じゃい!!!」
オーギという名前の若い魔法使いは、所属している事務所の後輩であるメイに叱責を叫びかけていた。
「転移魔法か!! 転移魔法を使う時は、ちゃんと周囲の安全を確認してからにしろって、前にも言ったばっかじゃねえか!!」
「いやねえ、オーギさん、これは魔法じゃなくて魔術よ」
「どっちでもええわッ!!!」
メイとの会話劇を繰り広げながら、オーギは崩れていた姿勢を元通りに戻そうとしている。
「どちゃクソ驚かされたわ……。オレじゃなかったら、とんだ軽犯罪になるところだったつーの……」
オーギは立ち上がろうとして、上手く体を起こせられないでいる。
まだ抜けきらぬ緊張感と動悸にあえいでいる。
オーギは肉体一つへの負荷を誤魔化しきれないでいるらしかった。
「だいじょうぶかしら?」
地面の上でのたうちまわっているように見える。
オーギに向けて、メイが右手をそっと差し出していた。
「ほら、つかまって」
メイは魔力の翼を展開させたままで、ふわりと灰笛の地面の上に静かに、優雅に降り立っていた。




