忘れられないほどに愛してます
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
トゥーイがメイの腰に触れている。
白地のワンピースにも隠されていない、剥き出しの腰からメイの魔力が膨れ上がってきている。
メイの腰に触れている、トゥーイの指先にあたたかな感触が伝わってきていた。
傷口からあふれたばかりの、赤く新鮮な血液のような質感。
とろりとしたぬくみは、トゥーイの指を優しく通過していった。
「…………」
トゥーイは頭部に生えている、白色の柴犬のように整った聴覚器官をピン、と立てている。
青年の血色の悪い、ごつごつと骨ばった指をメイの柔らかな翼が包み込もうとしていた。
取りこまれる。
トゥーイはそう思い込みそうになった。
じんわりと胸の内に抱いた不安。
しかしそれはただの思い込みにすぎなかった。
魔力はあくまでも魔力でしかなく、翼は他人の手に実際に触れられるものとは、また種類を異ならせているものだった。
「…………」
現れた、魔力の翼をメイは腰のあたりから背中にかけて、さらに大きく展開させている。
「んんー……っしょっと」
メイが唇から空気を漏出させる。
肉体の一部分を動かす時と同じような要領で、メイは魔力の翼をまずはめいっぱい伸ばすことにしていた。
全長は二メートルほどあるのだろうか。
翼が空気を含み、上昇気流を掴もうとする。
空を飛ぶためにはそれなりにたくさんの、さまざまな準備と要素を必要としていた。
「ふっ!」
メイは秘密の図書館の透明な床を走り出す。
「…………」
トゥーイがその後を追いかける。
少しの滑走のあとに、メイは腰のあたりに発現させた魔力の翼を稼働させている。
自身の身長よりもはるかに大きい翼が、持ち主であるメイの意向に従って大きく広がる。
翼の表面、羽根の一本一本、それぞれに空気がたっぷりとふくまれていく。
翼の周辺に気流が生まれ、メイの肉体を空へと誘うための準備が次々と整えられていった。
「トゥ!」
メイがトゥーイの呼び名を短く、ハッキリとした発音で叫んでいる。
メイは自身の左の腕をまっすぐ伸ばした。
白くほっそりとした指の先には、メイよりも少し後方を走っていたトゥーイの姿が確認できた。
「手を!」
「…………」
トゥーイはほとんど呼吸を乱さないままで、幼い見た目の魔女のちいさな手を掴んでいる。
魔法使いの青年の指の感触。
メイはそれを瞬間的に頭のなかにて、彼の指が予想以上にひんやりしている事に驚かされていた。
氷のように冷たいと言えるほどには極端ではない。
冬の空の下、恋人や家族、何かしらの大切な縁のある誰かを待つ人間の肌。
指先に触れれば、きっと同じくらいの冷たさを感じるのだろう。
ひんやりとしたトゥーイの指先を、メイはだれにも渡さないよう、しっかりと握りしめている。
メイは体内に流れる血液、そこに含まれている魔力を活動させる。
魔力が存在感を増すほどに、メイの白い翼は輝きを増していった。
光があふれんばかりになった。
メイの体がふんわりと浮かびあがる。
魔力が魔女と青年の全身を包み込む。
瞬間、彼らの肉体が重力を忘れていた。
バサバサバサ……!
メイは翼をはためかせながら、地下の秘密の図書館のなかを飛んでいる。
「ああ、そうなのね」
飛びながら、メイはトゥーイが言おうとした内容を一つ理解していた。
「こうしてお空を飛べば、魔法の図書館でも、好きホーダイにたのしめちゃうわね」
上に下に、右に左にどこまでも果てしなく書架が続いていたとして、それでも空さえ飛べれば移動に関してはある程度自由が効く。
メイは翼を羽ばたかせながら、左手にかすかに感じるトゥーイの指の感触を手の平に感じ取っている。
「トゥ、手をはなしちゃだめよ?」
メイは左側に首をちいさくかたむけ、手を取り合っているトゥーイの姿を確認している。
「…………」
トゥーイはメイの小さな手の平を掴みながら、魔力によって大きく削減された重さの中に肉体を預けている。
「さて、と」
メイはいったん推進力を止めている。
翼を上下にはためかせつつ、停止飛行をしながらすこし、思考をめぐらせる。
「飛んで自由にいどうできるのは分かったけれど、それでも、このひろーい図書館の出口をさがすのは、まだまだ手間ひまがかかりそうよ?」
メイが心配を抱いている。
魔女の白色のふーかふーかとした羽毛が、図書館内を満たす魔術式の気配のなかに膨らんでいる。
白い羽根たちのふっくらとした膨らみを見上げる。
トゥーイは視線だけをメイの向こう側、図書館の天井がある場所へと差し向けている。
「…………」
左手に白色の羽毛をもつ魔女の手の平を握りしめる。
そして空いている右手にて、トゥーイはメイにも分かりやすいよう、図書館の天井を指し示していた。
「上?」
トゥーイの指先を追いかけるように、メイは視線を上へと移動させている。
そこは相変わらず図書館がどこまでも……。
「あら?」
続いてはいなかった。
あるはずのないもの、つい先ほどまでは存在していなかった、そのはずのもの。
天井、すなわち図書館の終わりがメイの目の前に発現していた。




