笑顔で終わる世界ににっこりと尻を向ける
こんにちは。
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「食べてる場合じゃないでしょう!」
メイがキンシをいさめるようにしている。
「キンシちゃん、もうちょっと真剣にかんがえて! このお店、ぜったいぜったい、やばいわよ?」
メイは左手をキンシの横っ腹にぐいぐいと押し付けている。
「もぐもぐもぐ」
白いふーかふーかとした羽毛を生やした魔女の危機察知能力を、しかしてキンシはさして重要なものとは考えていないようであった。
「もぐ。……危ないとは? なにか問題はあるのですか? メイお嬢さん」
キンシが不思議そうにしている。
その手はすでに次のカツパンを掴んでおり、言葉のすぐ後に新たな一口をパックリと行っていた。
いかにものほほんとしている。
子猫のような魔法使いの少女の様子が、どうにもメイには信じがたいものにしか見えなかったようだった。
「人喰い怪物さんはいるし、ナゾの透明人間さんまで……これじゃあんしんしてお茶なんてたのしめないわ」
メイが一生懸命に主張をしている。
だが白色の魔女の主張は、子猫の魔法少女にはほとんど伝わっていないようだった。
「なにも珍しいことなんてございませんよ。落ちついてくださいな、メイお嬢さん」
キンシはなだめすかすように、メイの隣で右手を開いて上下させている。
まるで暴れ馬をなだめるかのような、そんな素振りにメイも落ち着かざるを得ないでいた。
「考えてもみてください」
キンシは左手に掴んだ、まだまだ温かさの残るカツパンをまた一口、頬張っている。
もぐもぐと咀嚼をする。
口の中のモノを飲み込み、食物に潤った喉の奥から言葉を紡ぎだす。
「誰もかれも、怪物に喰われた人はいませんよ?」
「んんん?」
どういうことなのだろうか。
メイはキンシの言葉の意味を考えようとする。
「ようするに、死人さえでていなければ、だいじょうぶってこと?」
「もぐもぐ。言うなれば、そういうことになりますね」
かなりの極論を語っている。
ここがメイの知っている土地、世界であるのならば、まだ反論意見を作成することも可能だったかもしれない。
だが残念なことに、まことに残念なことに! ここは灰笛という場所なのである。
いや、なにも灰笛にのみ限った話ではない。
メイはいつの日だったか、故郷の部屋で祖父から教えてもらった事実、現実を口の中に繰り返そうとする。
「もう、この世界は終わりかけているのよね」
白色の魔女がそう表現をした。
魔女の言葉に反応を返していたのは、モアの声音であった。
「だけど、まだ完全に終わらせるわけにはいかないんだよね、まことに残念かつ厄介なことに」
モアは言葉を考えている。
そんなモアの前に、トユンがいっぱいのホットコーヒーを用意していた。
「お待たせしました」
古城の主、魔術師たちのリーダーを務める彼女の手前。
トユンはキンシや名を前にしたときよりも、より一層恭しいどうさにて、店の商品であるアツアツのホットコーヒーを提供している。
コトリ……とカウンターの上に置かれたそれを、モアはなんのためらいもなく口元へと運んでいた。
「熱くないんですか? モアさん」
コクコクと飲む。
モアの唇、舌をキンシが心配している。
「大丈夫、これくらいは平気だよ」
魔法少女の気掛かりを、古城の主である彼女はさらりと受け流していた。
「さて、この世界についての話だけれど」
ブラックのホットコーヒーで口の中を湿らせた。
モアは、視線をおもむろに喫茶店の外側に向けている。
清潔に磨かれたガラス板の窓の向こう。
灰色の雨雲が続く、灰笛は今日も今日とて雨であった。
「ああして、魔術による浄化作用をおこなわないと、この世界は人間が生息することすらも出来なくなった」
モアが喫茶のついでと言った様子のままで、かなり重大かつ重圧のある事実を打ち明かしている。
「ああ、あれだろ?」
古城の主である彼女の言葉を聞いた、トユンが思い出したかのように瞳に明るさをパッと灯している。
「学校で習ったよ。かつての大戦で、この世界は大きく汚染されちまったって話」
トユンが昔を懐かしむようにしている。
「なんでも化学兵器やら核兵器やら細菌兵器やら、あと何があったっけ? とにかくいろんな科学技術を使いまくったせいで、もうこの世界はズタズタのボロボロになるまで傷ついたらしいな」
「ええ、それで、人間たちは次に、魔力による世界の継続を、選んだ」
トユンの基礎的な知識に、メイが更なる情報の追加をおこなっている。
「それが、現状の、資本主義社会、科学社会から、魔力主義社会に成り代わった、一例とされている、わね」
メイが語っている内容に、キンシが合いの手のようなものを入れている。
「社会主義とは、また別の話なんでしょうか?」
言った後で、キンシは遠慮がちに「あまり詳しくはないです……けど」と小さく付けくわえている。
「そうね」
キンシが呟いた意見を、メイは情報の一つとして受け入れていた。
「平等をうったえかけているわけでは、ないわね」
魔法少女の疑問に、いつしかメイは答えを返す役割を担っていた。




