公的な基準に拒否される日に怯えている
こんにちは。
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「───じゃないのよ●は、はっはあ~ん♪」
トユンはそのワンフレーズだけを歌うと、その身をキッチンの内部に軽快に翻していた。
決まりきった様子で、トユンはためらいもなくキッチンのコンロのスイッチを入れている。
コポポポ、コポポポ……。
何かとても柔らかいもの。
限りなく水に近しい物体が、狭い空洞を滑り落ちていく音。
その後に。
カチカチカチッ!
発火のための小さな火花がコンロの中心に瞬いた。
小さい、だが確かなる存在と意味を持っている明滅。
ボボボッ!
光が燃料と繋がりあい、限りなく科学的な根拠に近しい作用にて、コンロに赤い火が灯っていた。
「あれは」
一連の作用を眺めていた。
メイが思い出したかのように、言葉を唇に呟こうとしている。
「そう、魔力鉱物を、動力源とした、生活用品」
メイがあらためて器具の情報を言葉にしている。
「あれれ?」
それを聞いた、キンシが頭部に生えている聴覚器官をピクリ、と右側にかたむけていた。
「なにをそんなに驚いていらっしゃるのです? メイお嬢さんもいつも、朝ご飯をあれで作ってらっしゃるじゃございませんか」
「そうね、そうだけれど」
キンシの言い分にメイは簡単なる同意を返している。
反論の必要性など何処にもない。
それほどには、メイの抱いた感覚はごくごく単純なものでしかなかった。
「ただ、ね。あんなにもおっきな道具をみたのは、私もはじめてだったから」
「ああ、なるほど、それはそうですよねえ」
なかば言い訳のように呟いた。
メイの言い分を、キンシはいたって真面目そうな様子で受け答えをしていた。
「業務用の魔力鉱物コンロなんて、こういった飲食店でもない限りは、使う機会もほとんどなさそうですし」
キンシとメイが、互いにそれぞれ異なる方向性の感覚を抱いている。
彼女らがそうしている間に、トユンはいそいそと食品の用意をし続けていた。
「真珠じゃないのよ~♪」
有名な歌を、トユンは自分勝手にアレンジしながら口ずさんでいる。
歌いながら作業をしている。
トユンの手元には、金属のヤカンがシュンシュンと湯気を立てているのが確認できた。
水の状態から熱湯に変わるまでの期間が短すぎる。
と、メイは一瞬だけ疑問に思いかけた。
だがすぐに、考えかけた疑いを自らの手で小さく握りつぶしている。
なにも不思議なことなど無い、自分が普段から使っている魔力鉱物コンロも、あのぐらいの速さで望むべき熱湯を用意する、ような気がする。
そう思うと、メイは業務用と家庭用のコンロにさしたる差がないことに、あらためて驚かされそうになっていた。
「はい! お待たせしました!」
メイがぼんやりと思考の海に、生まれたばかりのクラゲのようにただよっていた。
そうしている間には、トユンは一つの商品を作り終えてしまっていた。
目の前、カウンター席の上にカチャリ、と置かれた。
硬質でありながら、同時に羽の生えた獣人族のような軽やかさを想起させる。
メイの目の前に置かれたのは、一揃いのティーセットと思わしき物であった。
「キンシ君にはこれね」
メイの前に紅茶を置きながら、トユンは同時進行でいつのまにやら用意していた料理をドカリ、と設置している。
「うわあ!」
キンシが感激の声を上げている。
魔法使いの少女の目の前には、大振りのカツサンドが乗せられた籠が置かれていた。
「カツサンドですねっ!」
「正式にはカツパンと呼んでほしい所だけどね」
トユンが訂正を加えているが、キンシはそれを喉の奥で「んるる」と受け流している。
ひと塊のパン。
幼女の肌のように柔らかくふっくらとした膨らみ。
黄金狂も霞むほどに見事な黄金色に焼かれた表面。
パンを三つに分割し、さらに三度にするために二枚ずつに切り分けられている。
切り分けられたパンの内側には、期待されるべき具材を受け入れるためのからし入りバターが新鮮な香りを立たせている。
合間に新鮮でシャキシャキとしたキャベツの千切りと、豚の肉をパン粉で揚げたものを挟んでいる。
ジューシーで重厚感のある肉の揚げ物は、パンの合間にありながらもそのザクザクした触感を見たものの舌の上にありありと想起させる。
肉と小麦の存在をより一層際立てているのは、たっぷりと塗られた濃口のソースであった。
「ではさっそく……!」
キンシは喫茶店のメニューである、商品、食べ物をさっそく左の手で掴み取っていた。
指に持ち上げる。
そうすると、パンとキャベツ、肉の重みがより一層現実感を強烈なものにして、キンシの食欲に直接訴えかけてきていた。
もう堪えきれない!!
キンシはたまらずと言った勢いのままでバクリ! とカツパンをに喰らいついていた。
魔法使いの少女の歯を受け入れる。
大きく開かれた唇の内側、剥き出しになった歯に八重歯がよく目立っている。
歯で喰いちぎる。
ザクザクッと、一口分の空白が食べ物に生まれ、一口分の充足感が魔法少女の口の中に収められていた。
あふれる濃口ソースの、黒瑪瑙のように艶やかな雫がキンシの唇の端からこぼれ落ちていた。




