一瞬と一生で終わる形に違いを見出そうとした
こんにちは。
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「異世界の話かあー」
トユンは少し感動めいたものを覚えているらしかった。
「異世界転生やら召喚やら、そういうのってさあ、なんだかこの前までずっと遠い世界の出来事のように思ってたよ」
トユンがいかにも灰笛と言う名前の地方都市、および鉄の国と呼ばれる国家体系、文化圏に生息する一般市民じみた感覚の話をしている。
「なるほどね」
トユンの話に耳をかたむけている周辺の人々。
そのうちの一人、古城の主であるモアがひとり納得を深めているようだった。
「清き良き一般市民であるトユン君には、今日のイベントなんてハバネロの暴君よりも刺激的すぎて、お腹を壊すのではあるまいか」
モアに心配をされた。
「腹? 腹なら別に何も、痛くも痒くもないが?」
トユンは思うがままの返事だけを用意しているにすぎなかった。
「腹と言えば、そろそろキミたちお腹すかね?」
「え、おなか?」
唐突のように思われた。
トユンからの提案に、メイが目を丸くしておどろいていた。
「そりゃあ、いろいろやったあとで、体力? スタミナ? は、かなり消費したつもりだけれど」
とは言うものの、メイとしてはここで食事行為を行う気分には、今のところなれそうになかった。
メイは同意を求めるように、紅色の瞳で周辺の人間たちに視線を滑らせている。
まずはキンシの方。
「やったあ! もう体力も気力も、魔力も使い果たしてへろんへろんだったんですよ」
ダメそう。
メイは新幹線よりも早くにあきらめをつけている。
魔法使いの少女の食欲には、メイにとっても分かりきっている問題でしかなかった。
この少女はたとえ隣に作りたての人喰い怪物の死体があったとしても、それが自らの手によって作成されたものだとしても、関係が無いのだ。
関係なく、お構いなしに己の欲求の身を追求し続ける。
それが、この「ナナキ・キンシ」と言う名前の魔法使いなのである。
「しかたがないわね」
魔法少女が平気であるのならば、メイは少女の意向に従うことにした。
逆を言えば、メイという名の魔女にはそれ以外にトユンからの申し出を断る理由を見つけられないでいる。
「よーし、じゃあさっそくオレが美味しいスイーツでも作ってみせようぜ」
トユンはそう言いながら、ふと思い立ったようにキンシの方に視線を向けている。
「あ、そうだ、どうせならこのリンゴを使わせてもらおうかな」
トユンが躊躇いをほとんど感じさせない様子で、カウンターの上に積まれたリンゴ……のような形に整えられた魔力鉱物に手を伸ばしている。
「ええっ?」
トユンの行動に、メイが目をまん丸く見開いておどろいていた。
「まさか、そのリンゴをつかってアップルパイでも作るつもり?」
「ンなもん作るワケねえだろうよッ?!」
幼い肉体の魔女のかん違いに、トユンが目を剥いて驚愕、その後に速やかなる否定文を呈していた。
「ここに使うんだっての」
そう言いながら、トユンはカウンターの内側、店のキッチンにて一つの道具を指し示している。
「あれは?」
メイが視線を定めている。
そこにはななめに傾けられた、小さなドラム缶のような器具が設置されているのが確認できた。
穴は直径三十センチほどか。
キンシの頭蓋骨か、あるいはメイの肢体ならばすっぽりと包みこんでしまえるであろう。
それぐらいの大きさがあるドラム缶。
円形の筒には、中身の空洞を外界から密封するための、これまた金属製の分厚い蓋が備え付けられている。
蓋の形的には、ドラム缶と言うよりかはポリバケツを金属化させたような拵えともとれる。
ドラム缶の右横にニョッキリと、キノコのように伸びているレバーの赤く丸い掴みがどこか異様に目に映えていた。
ドラム缶としての円筒の底の部分は、また別の様々な、細々とした機械類に接続されている。
いや、むしろ、機械やキッチンなどの設備から、打つ前の釘のようにドラム缶に類似した部分が突出していると言った方がより正しいのかもしれない。
「よいせっと」
赤銅色に擦り減っている、金属の取っ手をトユンは自分の腹がある方向に引っぱっていた。
ガパン!
硬質なものが互いに擦れ合う音。
堅牢なる金具の部分が作動させられる。
重苦しく騒がしく短い音が、喫茶店のキッチンの空間を震動させている。
蓋をあけた、中身をメイはカウンター席の上からのぞきこもうとした。
「んんと」
だが幼い肉体の魔女の試みは失敗に終わった。
位置的な問題もあるが、魔女の未熟すぎる肉体では広い視界を獲得することができそうになかった。
せめて見える分だけをしっかり集中して観察しようと、メイは紅色の瞳をギュギュっと凝らしている。
トユンの手元。
開かれたドラム缶の蓋の中。
そこには暗闇しか確認できそうになかった。
小さく手頃な暗黒の真ん中。
トユンは右手に携えていたリンゴ型魔力鉱物を丸々一つ、ポイッと放り込んでいた。
「はんははーん♪」
トユンは鼻歌まじりに作業を進めている。
慣れきった様子にて、器具の蓋をバタム、と閉じている。
そして自由になった右側の手の平で、赤い握り手のレバーを自分の体がある側にグイッと大きく傾けている。




