風が果てなく走るのは女王様のおかげなのかもしれない
こんにちは。
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「これ、これっ!! よろしかったらどうぞっ!!」
キンシが喫茶店の利用客である他人に、リンゴの形に整えられた魔力鉱物の結晶を手渡している。
「え?」
魔法使いの少女から宝石の塊を押し付けられた、他人は当然のことながら当惑した様子をありありと見せている。
「なにをしているつもりなのかしら?」
子猫のような魔法少女の行動を見守っていた、メイが少女の行為について疑問を抱いている。
「なるほど、厚意というものか」
幼い肉体の魔女の右隣、カウンター席の上でモアが一人納得を深めていた。
「どうやらあの魔法使いは、自らの取り分を他者に分け与えることを選んだようだね」
古城の主であるモアが、一人の魔法使いの少女が選んだ行為を興味深そうに眺めている。
モアが言う通りに、キンシは自らが殺した怪物の死肉から採取したエネルギー源を周辺の人々にふるまっていた。
「これどうぞっ!」
魔法使いの少女からずずい、とリンゴ型魔力鉱物を押し付けられた。
「あ、ありがとう?」
一般市民の一人、若い人間がありきたりな獣耳をピクピクと動かしながら、とりあえず手渡された一品を受け取っている。
相手が物品を受け取った。
それを確認した、キンシはすかさず次の一手を相手へと刺し込もうとしていた。
「……そのついでと言ってはなんですが、こちらの事務所もよろしくお願い致しますよ?」
外見上はあたかも偶然に巡り合ったかのような、そんな気配を内に期待しようとしている。
なにを追加したかと思えば。
「名刺……」
誰が誰ともなく呟いている。
魔法使いの少女がリンゴ型魔力鉱物と共に配布したのは、一枚の小さな紙きれのようなものだった。
ちょうど名刺と同じようなサイズの紙片。
そこには「シマエ魔法使い事務所」なる組織名が記載されていた。
「精力的な宣伝か」
キンシの、実に地味で地道なる宣伝を眺めていた。
モアが微笑みのなかで少女の行動についてを簡単に語っている。
「いかに魔法使いと言えども、他人の認識がなければただの思い込みにすぎないのだろうね。これまた厄介な事に」
キンシの宣伝活動に対して、古城の主であるモアは納得のようなものを口元に演出している。
「しかしながら、トユン氏、敵性生命体の存在を自覚しているというのに、それを公的なもの関係なく専門家に相談しなかったのは、明らかにそちら側の失態と言えるよ?」
モアにそう指摘をされた。
トユンは横長の瞳孔に動揺のようなものを浮かべている。
「そう言われましても、こっちとしてもなかなか相談する資金やらタイミングが計れなかったってのもあるんだよね」
トユンは頭部に生えている、鹿のツノのような器官の根元をコリコリと掻いている。
「ふむ、なるほど」
トユンの、この灰笛と言う名前の地方都市に暮らす一般市民の、「普通」の人間の意見を聞いた。
モアはあごに手を添えて、何やら思案を巡らせているようだった。
「情報の伝達力に関しては、この灰笛でも最善策と言える治癒魔術を施していたつもりだが……。
……いやはや、市民の悩みと言うものには底が見えない、まるで煉獄の荒れ野のようだ」
「……んるる?」
独特な表現方法を選んでいる。
古城の主である彼女のことを、キンシが喉を鳴らしながら不思議そうに見つめている。
「そうとなれば、だよ」
キンシの目玉。
モアはその左側、赤い琥珀の義眼が埋め込まれている側の眼窩をチラリと見ている。
「こちらとしては、この店にある全部のコーヒーカップを隈なく、精密かつ精緻に検査し尽くすこともやぶさかではないが」
「ひいい?! それはちょっとご勘弁を!!」
魔術師達のリーダーであるモアの提案を、トユンは心底恐ろしいもののように受け取っていた。
「古城様直々に調査が入ったとなると、それこそウチの店の信頼が風前のともしびよりもほそっこいモノになっちまうっての」
トユンが息巻くように拒否と拒絶の意を訴えかけている。
「んんと、トユンさんテキには、魔術師さんにたよることのほうがあやういものなのね」
メイが意外さの中にどことなく、納得のようなものを掴みかけそうになっている。
「うん、なるほど、なるほど……。警察に頼るよりも、民間が、運営している、安っぽい業者に、頼む方が、時として利益になり得る、のね」
メイは言葉をやたらと丁寧に区切りながら、自らが知り得ている情報と目の前の現実を統合させようとしている。
しかしながら、白い羽毛を生やした魔女の表現方法を、トユンは不可解さのなかで反芻しかねているようだった。
「ケーサツ? ケーサツって何だっけ?」
登場した謎の単語に、トユンはコイン投入口のような瞳孔に戸惑いの気配を浮かべていた。
「警察……本で読んだことがあります」
トユンの疑問に答えているのはキンシの声音であった。
「遠い世界では、僕らにとっての自警団のような役割を担っていたそうですよ」
「ああ、なるほどねー」
キンシの解説を聞いた、トユンはそこでようやく納得を行き届かせているようだった。




