明日は私のなにかしらが爆発すればいいのに
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「ねえねえ、トユンさん」
メイが喫茶店の店員である彼に話しかけている。
「おや、どうしたんだい? メイのお嬢ちゃん」
トユンはメイの表情を見て、少しだけ驚いたように目を見開いていた。
「なんだか町内会のビンゴに外れてしまった彼のような、そんな寂しさを覚えている感じ?」
トユンの、偶蹄目の獣人族特有の横長な瞳孔がよく見えている。
喫茶店の店員である彼の瞳を見上げながら、メイはすこしだけ取り繕うような動作を肉体に表現していた。
「ううん、なんでもない。なんでもないのよ?」
よもや自分が他人の不幸で甘い蜜をすすろうとしていたなどと、わざわざ相手にくわしく教える必要がどこにあろうか?
メイはトユンの前では、可愛くて無害な小鳥のままでいることをすでに選び終えていた。
「それにしても、あの人喰い怪物さんはどうしてわざわざ、コーヒーカップの底になんてかくれていたのかしら?」
メイは疑問を抱く。
謎を抱きつつ、その白くふーかふーかとした羽毛に包まれている、非常に可愛らしい見た目の肉体をひらり、とカウンター近くの席に落ち着かせている。
「さーあ? 怪物さまの考えることなんて、オレには到底分かりっこないっての」
幼い見た目の魔女の疑問を、トユンはごくごく自然な動作で思考の隅っこに押し遣っている。
「ああ、うん、でも……?」
そうしているなかで、トユンはふと思い立ったように情報をひとつ検索していた。
「そういえば……三カ月ぐらい前から、ウチのコーヒーを飲んだお客さまからちょっとした相談事があったんだよ」
「んにょえっ?! さ、ささ、三カ月前からですか?!」
メイが情報を飲みこんでいる。
その左隣から、キンシが奇妙な鳴き声と共にトユン、喫茶店の店員である彼に対する驚きをあらわにしていた。
「どうして……どうして?! もっと早くに専門家の助けを求めなかったのですかっ」
キンシは驚きの後に、信じがたいものを見るかのような視線をトユンに差し向けている。
魔法使いの少女の、猫の獣人族にありがちな縦長に伸縮する瞳孔が丸々と、黒真珠のように拡大されている。
その視線を浴びながら、トユンは瞳孔に油断の気配をふんわりと浮上させていた。
「いやあ、だからこうして? 今日、行きずりのキミたちに助けを求めたわけで」
飲食店の管理者として、その怠慢は如何なものなのだろうか。
「でも結局はこうして、キミたちみたいな安上がりの業者に処理……」
トユンはコイン投入口のような動向をキョロッと回転させる。
「……んっとー? そうじゃなくてぇ、そう! 若くて親切そうな魔法使いさんの助けを得られたんだから、結果オーライってやつじゃね?」
トユンがそう語っている。
「ようするに、貧乏くさい私たちなら、格安で怪物さん退治をうけおってくれると、そうおもったのね」
喫茶店の店員である彼の言い分を、魔女であるメイが端的にまとめていた。
「何もそんな、意地の悪いことを言わないでおくれよ」
可愛らしい見た目にそぐわぬ現実的な意見に、トユンは困惑を覚えているようだった。
彼は頭部の左右両側にバランスよく生えている、鹿のツノのような器官の根元をコリコリと掻いている。
彼の頭に生えているツノの根元が、やたらめったら白くツヤツヤとしていること。
そのことにキンシが気付いている。
魔法少女の気づきのあいだに、トユンは記憶の要素をさらに一つ思い返していた。
「あと、お客さんから時々コーヒーカップの底から子供の笑い声みたいのが聞こえてきたって教えてもらったことがあるよ」
「……それも、三カ月くらい前からですか?」
キンシが予防線のようなものを張っている。
「いや、これはもっと前、店がオープンしてから慢性的にずっと続いている感じだね」
しかしてトユンの方は、魔法少女の危機的状況の余地をあっさりと否定してしまっていた。
「でも食品衛生的に何の問題もないから、ちょっと怖いけれど、これでいいかなーって思ってたところだったんだよね」
「そんなので、いいのかしら?」
メイが純粋に疑問を抱いている。
「そういえば、人喰い怪物さんって、あぶない菌とかウイルスとかってもっていないのかしら?」
「失敬な!!」
白色の柔らかな羽毛を生やした魔女の疑問に、高らかな声で否定文を呈していたのはシイニの姿であった。
メイが彼の声がした方を見やる。
そこには子供用自転車のような姿が、喫茶店の床の上で前輪を小さく右に傾けているのを確認することができた。
「自分からこういうのを主張するのもアレ、アレなんだけれども、手前らは食べること以外できみたち人間を殺すつもりなんて微塵もないのさ!」
子供用自転車の姿に封印されている、人喰い怪物の一種である彼に宣言のようなものを告げられた。
「そ、そうなの」
しかしてメイはどうにも、彼の主張に納得のようなものをうまく作りだせないでいる。
誰か、他に、専門的な知識を与えてはくれないものか。
メイは自然と、見たくないはずの相手に欲求の視線を送ってしまっている。
そのことに気付いたころには、もうすでにだいぶ手遅れであった。




