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舐め腐った体を突き抜けるショック療法的な何かが欲しい

こんにちは。

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 思いついたのは怒りだった。

 メイは自らの内に生まれた感情を、ワインを品評する一流専門家(ソムリエ)よろしく客観的に味わおうとした。


「なんだかとおい過去のできごとのよう」


 メイは奇妙な感覚をおぼえていた。

 心のうちは煮えたぎるような怒りと、モアと言う名前の少女に対する憎悪を抱いている。

 そのはずだった。

 にもかかわらず、口をついて出てくるのは過去を懐かしむかのような、穏やかそうな音色ばかり。


「あのときは、あなたたちにもいろいろと、ほんとうにいろいろとお世話になったものだわ」


「おや? そうだったかな?」


 メイの選んだ表現方法に、モアは平然かつ平坦とした様子……つまりは微笑みをたたえたままで受け答えをしている。


「あの時は、あたしもハリ君もキャラクター設定が定まっていなかったからねえ」


 モアは最近の出来事を、さも遠き日の出来事のように懐かしもうとしていた。


「きゃ、きゃらくたー……?」


 キンシが不思議そうにしているのを、モアは視界の隅に受け流そうとしている。


「なにはともあれ、ともかく、だ」


 モアはキンシの左手の付近に漂っている、ハリセンボンの状態にさせられた人喰い怪物に視線を移している。


「この個体は、あたしが古城に持ち帰ってあれこれ好き放題……──」


 さすがにこの言い方は(はばか)れるらしかった。


「──……じゃなくて、丁寧に、丁寧に、丁寧に扱ってみせよう」


「……んん」


 キンシがモアのことを疑いの目で見ている。

 

 魔法使いの少女は、いまだに古城の主である彼女の全てを信頼できるわけではないようだった。

 喉の奥を小さく微かに鳴らしつつ、九割がた漆黒の毛髪が警戒心にふっくらと膨らんでいる。


 感情が高まると、キンシの髪の毛にひとすじ混ざっている銀色が、攻撃的にキラキラときらめくのが見てとれた。


「まあまあ、キンシ君よ、そんな疑いの目で見ないでくれたまえ」


 黒い髪の毛の子猫のような魔法少女が、古城の主である彼女に警戒心と猜疑心(さいぎしん)を抱いている。


「なんにせよ、この先の展開は君にはあまり関係のない話だろう?」


 モアは魔法少女の疑いを誤魔化すように、それらしい事ばかりを言っている。


「まあ、そうですけれども……」


 古城の主であるモアの言い分は、キンシにもそれなりに納得せざるを得ない内容でしかなかった。


「そうですね……うん、そういうことにしましょう」


 キンシは自らの内に納得を作り上げようとしている。

 

 そうしている最中(さなか)にて、キンシはメイの小さな左肩にそっと手を置いている。


「そういうことなので、メイお嬢さん……ここはひとつ、心穏やかに見過ごすことにしましょうよ」


 魔法少女が、その子猫のような聴覚器官をペタリ、と平たく倒しながら申し訳なさそうにメイに提案をしている。


 それを見た。

 メイは視線を左に向ける。


「安心して、キンシちゃん」

 

 魔法少女の瞳、右側の肉眼。

 夏の新芽のように鮮やかな緑色をしている、瞳が不安にゆらめいている。

 

 それを見た、メイは自分の感情を深くかえりみていた。


「うん、なにもこんなところで怒るべきじゃないわね」


 メイはふむふむと、波打ち際の小石のようにまろやかな表面の首を上下にうなずかせている。


「そう……どうせ怒るならもっと公的なばしょ、世間一般的な観点から、社会的なに致命傷を与えられる、決定的なダメージを、ちゃんと狙わないとね!」


「ええ、そうです……──」


 妙に饒舌なるメイの言い分に、キンシはほんの一瞬だけ単純な同意を返しかけた。


「──……んるる?」


 だがすぐに、魔法少女は幼い肉体の魔女の言葉の攻撃性に、喉を鳴らして怯えはじめていた。


「んるるるる……!? め、メメ、メイお嬢さん……! なんだか、すっごく怖いこと言いませんでしたか……っ?」


 キンシが喉を鳴らして怯えている。


 しかしメイはそれを右から左へと、サラリと受け流すことにしていた。


「それにしても、こんなお店のなか、お客さまがいるところにまで人喰い怪物さんがまぎれこんでいるなんて」


 この店の安全はどうなっているのだろう?

 メイはただ純粋に、この喫茶店の評価(レビュー)を心配しようとしていた。


「インターネットのレビューサイトに、(ほし)1評価をたたきつけられたりしないかしら?」


 メイは不安に思いながら、いまのいままで目をそらしていた店の雰囲気に目を向けることにしている。


 幼い肉体の、白く柔らかな羽毛を生やしたメイの心配ごと。


 魔女である彼女の、真冬の軒下(のきした)に現れるつららのように白いまつ毛が震える。

 魔女の白い肌によく()える、咲きほこる椿の花弁のように(あか)い瞳。


 そこに映る世界は。


 ……何も変わらない世界にすぎなかった。


「怖かったねえ」


「そうだねえ」


 和やかに安全が訪れたこと、ただそれだけを実感している。

 人々は、自分の命が保障されたことに加え、あろうことか他人の心配までしていた。


「あら」


 メイは期待が外れたことを実感している。

 その感情は怒りや憎悪と同等に、喜ばしくないものであること。

 そのことを、魔女は独り寂しく認めるだけであった。


 すぐに諦めて、魔女は喫茶店の店員に話しかける。

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