5.get in the line
つないだ手を離して僕たちは分岐していく
分かれ道を選ぶ度、幾度となく訪れる後悔と懺悔
記憶の中の薄い唇からは発せられる事の無かった別れの言葉を探して、僕は世界を徘徊する
罰を探して
君を探して
5:get in the line
タクミくん、こんにちは。
ブラジルno2です。アリスちゃんのクランの件で、すぐにお話したい事があります。出来るだけ早く、出来れば今日のうちに会えませんか。アリスちゃん無しで二人きりで。返信をお待ちしてます。
と手紙を書いて送信する。このゲームの面倒なところは、距離によって届く時間が変わることだ。送信すると、送信者と受信者にしか見えない白い小鳥のエフェクトが飛んで行き、それが相手の所に着くと手紙が受信される。タクミくんは、きっとまだ連邦付近だろう。届くのには10分以上かかるはずだ。
主要な都市は大抵が列車でつながっている。三か国の首都同士であれば、15分から30分以内で移動が可能だ。大通りの先にある駅へと急ぎ、時刻表を確認する前に、連邦行きの列車が到着した。列車は蒸気機関車の様な形をしているが、動力は魔導機関で、煙突からは煙の代わりに青白い光を発している。馬を飛ばしても一時間、人の足なら3時間以上はかかる。列車へと飛び乗ると、空いている席を探して座り、手紙への返信を待った。
手紙を送り、1時間ほどが経過したころだ。駅近くのカフェに入り、時間を潰していると、やっと手紙が戻ってきた。
ブラジル.No2様
タクミです。返信が遅れてしまい大変申し訳ございません。メールには気づいていたのですが、アリスと一緒にいたので、すぐに読むことができませんでした。今日、二人きりで会うのは難しいと思います。このメールも、アリスが席を外している隙を見計らって書いているものです。明日の夜の8時以降ならお会いできるかもしれません。時間と場所を指定してもらえたら、そこへ伺わせて頂きます。まだ移動できる場所が限られているので、都の近くだと助かります。
メール、ありがとうございました。
タクミくん、返信ありがとう。
森の都の丘の区18番にある家に来てもらえるかな。話は通しておくから。たぶんログイン出来るのは10時以降になると思います。
と返信すると、
わかりました
という短い返事だけが返ってきた。きっと、隙を見て返信してくれたのだろう。
丘の区は住宅地になっていて、ほとんどの住居をプレイヤーが購入して所有することが出来る。その18番地には、ちょっと特殊な人たちが集まっている。
外観は木造二階建て。低い柵に囲まれた広い庭が有り、そこでは兎の耳を付けた子供たちが遊んでいる。彼らもプレイヤーだ。種族は全員ドワーフ。容姿は子供だが筋力に特化し、クラフト系に必要な器用さの上限も高い。兎の耳は、ユニホームみたいなものだった。
僕に気が付くと、「おかえりなさーい」と彼らが口々挨拶をする。僕は「ただいま」と返した。ここでは、それがルールだった。
ここはウサギ幼稚園世界樹支部。ドワーフ族限定のギルド、ウサギ幼稚園の数ある拠点の一つ。
「園長先生はいる?」
近くにいた女の子に尋ねると、彼女は首を縦に振り、建物を指さす。
「ありがとう」と微笑み、そちらへ向かおうとすると、一人の男の子が僕の裾をつかむ。
「ジルねーちゃん、遊ぼうぜ」
彼は僕が男だと知っているが、この場所ではロールが優勢されるのだ。
「ごめんねマー君、園長先生とお話しなきゃいけないんだ」
ちなみに、マー君の中身は僕よりも年上である。
「えー、じゃあお話終わったら遊んでよ」
絶対に嫌だ。などと言えるはずもなく、やんわりと、「その後も用事があるから、また今度ね」と優しく返すも、「今度っていつー?あした?」などとしつこく絡んでくる。僕が嫌がっているのを分かってやっているのだ。
「だめだよマー君、園長先生のお客様だよ」
と、助け船を出してくれたのは最初に尋ねた無口な女の子だった。
「ちぇっ」と、やっと身を引くマー君。
「ありがとう」
と、彼女に心からの礼を言い、建物へと足を踏み入れた。玄関は無く、すぐに広いリビングとつながっていた。壁や床、調度品などは全て木材で作られていたが、ソファーやラグ、テーブルクロスなどの布製の物は淡いパステルカラーで纏められ、明るくかわいらしい雰囲気になってる。室内でも、兎の耳を付けた子供たちが思い思いの遊戯に興じている。
「おかえりなさーい」
「ただいま」
と、お決まりの挨拶を交わすと、更に奥の部屋へと進んだ。
そこはキッチンになっており、子供たちに交じって、一人だけ長身で、がっちりとした体形をした壮年の紳士が調理をしている。GIカットを横に流し、口ひげを蓄えている。
彼は振り向くと、
「あら?ジルくんじゃない。お久しぶりね。おかえりなさい」
と言うと、調理を手伝っていた子供たちも、一斉に「おかえりなさーい」と続いた。
「ただいま、お久しぶりです、園長先生」
園長は、黒いタイの付いたタイトな縦じまのシャツ腕をまく、裾はしっかりと真っ黒なスラックスに収めたまさに紳士的な恰好をしていたが、寧ろその恰好の所為で、その上から付けたピンクでヒラヒラのエプロンが異様な雰囲気を醸し出している。
「じゃあ、向こうでお話しましょ。みんなぁ、先生がいなくても、お料理ちゃんとできるかなぁ」
「はーい」
子供たちが元気に返事を返す。
「まあ、おりこうさん。じゃあ行きましょ、ジルちゃん」
エプロンを脱ぎながら、園長が付いてくるように言う。彼に続いてドアをくぐると廊下に繋がっていて、その一番奥にある部屋へと案内された。どうやら園長室の様だ。壁には、子供たちが戯れる写真が沢山飾ってあった。
促されるままソファーに座ると、園長先生はお茶を出してくれた。
「どうしたの?もしかして、一昨日の事?」
彼の中身は女性だ。最初の頃は男性口調で喋る様に努力していたが、どうしても無理なので諦めてオネェということにしたらしい。
「いや・・・あの、ここは被害なかった?」
「大丈夫よぉ。だってあの子たち、ああ見えてめちゃくちゃ強いのよ。こっちにきたら返り討ちにしてあげたんだから」
ドワーフに転生するまで何度も何度も転生を繰り返した彼らは、練達のつわものである。転生を繰り返すボーナスが有るわけでは無いけれど、それだけ沢山修行しているためにプレイヤーとしての技術が半端ではないのだ。
「一体何したのよ。あれってニトログリセリンとか物騒な名前で呼ばれている人でしょ。ここのサーバーで一番強いとかなんとか」
「一番かはしらないけど、ランキングだと一番かな」
「どうせまた要らない一言言ったんでしょ。ジルちゃんって結構辛辣な一言で人の心えぐっちゃうんだから気を付けないとダメよ」
彼女は僕が初めて入ったクランで、同じメンバーだった人だ。優しい人で、当時孤立しがちだった僕になにかと世話を焼いてくれた恩人でもある。そんな恩人に、こんなことを頼むのは気が引けるが、つい甘えてしまう。
「あの、またすごく迷惑を掛けちゃうかもしれないんだけど、お願いが・・・」
「あら、ジルちゃんにしてはしおらしいじゃない。今更迷惑なんて気にしないわよ。ほら、あの時だって・・・」
「ちょ、ちょっと待って、昔の話はいいって」
この人には本当に沢山の迷惑をかけた。が、その所為で数多くのネタを握られてしまい、頭がまったく上がらない。
「久々に会いに来てくれたのにつれないわ。先生かなしい」
「そういうのはいいから・・・あの、明日ここで待ち合わせしたくて。タクミくんっていう男の子なんだけど」
「あら、同じ名前なのね。ジルちゃんと」
僕の本名もタクミだ。彼・・・の中身の彼女とはクランのオフ会で会っているため、互いの本名を知っている。
「もしかして、その子関係での揉め事なのかしら」
話すべきなのか迷ったが、頷いて見せた。
「あらやだ、なんだか久々に燃えてきちゃう」
「いや、ここで待ち合わせだけさせて貰いたいんだけど」
彼女はお節介焼きなのだ。僕もしかすると、僕がタクミくんにお節介を焼いているのも、彼女の影響なのかもしれない。
「そのくらい全然いいわよ。あの子たちにも頼んで、あのニトロなんちゃらさん達が来ても返り討ちにしちゃうんだから」
この幼稚園のロールに参加居ている人たちの絆は深い。迷惑をかけることを恐れないし、掛けられる事さえも幸せと感じているような節がある。だからこそ、僕はここへはあまり来なかった。関係者ではないのだから当たり前だけれども、それ以上に迷惑を掛けるのも、掛けられるのも、本来は嫌なタチだったはずだから、なんとなく敬遠していた。それでも、タクミくんのことを考えた時、最初に心に浮かんだのは、園長の恵さんと、この幼稚園の事だった。
「そ、そこは穏便に」
それから、他愛のない昔話に花を咲かせ、タクミくんのことを少しだけ伝えると、僕はリビングの出口の前で園長に別れを告げた。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
園長と、挨拶をかわすと、園児たちは「いってらっしゃーい」と一斉に挨拶をする。
「いってきます」
少しだけ道を行くと、後ろから声がした。
「ようブラジル」
マー君の声。振り向くと、やはりマー君。だけど、兎の耳は無かった。
「遊ぼうっつったろ」
「ごめん、そういうロールかと思った」
「まあ、そうなんだけどさぁ、あんなことがあった昨日の今日で何しに来たわけ?また面倒なことを恵に頼みに来たわけじゃないよな」
「面倒じゃないよ、多分。ちょっと知り合いと話す場所が欲しかっただけ」
「ならその辺で駄弁ってろよ。絶対厄介事だろ」
その通りだ。
「・・・うん、ごめん」
マー君は、恵さんとの付き合いが長い。僕がクランで出会う前からの知り合いだ。だから、僕と恵さんとクランの事も、よく知っている。
「ほんと、甘えん坊だなお前。ドワーフになって入園しちゃえよ」
なんだか冗談には聞こえなかったが、笑ってごまかした。マー君はうさ耳を取り出すと、頭に付けた。
「じゃあな、ジルねーちゃん、いってらっしゃい」
そう言って元気に手を振ると、僕の返事を待たずに、走っていってしまった。
やる事が無くなったら、入園も悪くないかな、なんて考えながら、僕は帰路についた。
つづく