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4.その一滴は

 絆を無くし、雨は止んでしまった

 代わりに降り続ける涙も、いつかきっと止むのだろう

 その時に初めて、虹が空に掛かるのかもしれない

 否、虹など要らない

 雨を乞いして、指輪を探す


4:その一滴は


 騎士団連合。乱立した騎士団同士のいざこざを静める為に作られた騎士団によるギルド。その成り立ちは、たった一つの小さな騎士団の設立から始まる。

 この世界はいくつものサーバーに別れており、一つのサーバーでプレイヤーの上限は10万人。最初は5つのサーバーが作られた。サーバーにはそれぞれ名前があり、アーク創生の伝説に由来している。白騎士エゼル、聖女アリア、始祖竜フィフィニー、兎のロル、そして我が世界、雷鳥ワキンヤン。当時の別名は世紀末である。どの世界で遊びたいかと言えば、やはり物語の重要人物の名前が付いた世界を選びたくなるものだ。主人公であるエゼル。魔女として非業の死を遂げるヒロインのアリア。最強ポジションのフィフィニー。だが以外にも、もっともはやく上限に達したのは、兎のロルくんの名を冠したサーバーだった。ゲームのマスコット的な役割もあるロルくんは女性プレイヤーの支持を得ていたため、それを見越した男性プレイヤーもこぞってロルサーバーを目指した結果だと推測している。そんな感じでどんどん人で溢れていく4つの初期サーバーを横目に、稼働初日で5000人、一か月後でも2万人に届かなかった不人気サーバーが、我らが雷鳥である。

 人が少ないと普通であれば治安がいいはずなのだが、このサーバーは違った。一部の悪質なプレイヤーが荒らし周り、好き放題出来るという噂が噂を呼び、更に悪質なプレイヤーが集う、まさに世紀末を呼称するにふさわしいサーバーと化してしまった。

 そんな中、現状を憂うプレイヤーによって、騎士団を称する一つのクランが作られた。名前は赤翼の堕天使騎士団。埼玉の赤羽に住む大学生の知り合い同士で作ったと噂のその騎士団は、自主的に、初心者が最初に降り立つ三大都市のひとつ、王都の自警を始めた。たった5人で装備も脆弱、ゲームもまだ初心者だった彼らは、返り討ちに合うことが殆どであったが、しかしその姿を見た他のプレイヤーの目には、違う光景が映っていたようだ。一緒に倒されてしまった初心者の中から、必死で食い下がり、自分を守ろうとしていた彼らに感化され、同じく騎士団を作るプレイヤーがちらほらと現れ始めた。そしてその流れは急速に広まり、悪質な行為に及んでいたプレイヤーたちでさえも、騎士団を作り、自ら他の都市の自警を務める様になっていった。治安は回復、全サーバーで最も安全とされ、ゲーム初心者が安心して始められると多くのプレイヤーが集まる様になった。しかし、乱立した騎士団同士の縄張り争いが多発。乱闘騒ぎも起きる様になると、当時、最も巨大であったレ・ブリュブレロー騎士団がある声明を発した。それが騎士団連合の創設である。規模や実力に関係なく参加が可能、全ては決議によって定められ、紛争は議会による採決によって解決をする方針で、参加を呼び掛けた。レ・ブリュブレロー騎士団の傘下に入る事になるのではないかとの批判も浴びたが、彼らは決議への不参加を表明、その覚悟から多くの支持を受け、現在の騎士団連合が誕生した。


「まあ座っとくれ」

と、絢爛で堅牢な真っ白い鎧を着こむウッドエルフの老婆に勧められ、だだっ広い執務室の中央にあるソファーへと腰を掛ける。執務室には入り口と対になる位置に巨大な窓があり、その前に厳粛な雰囲気の机と威圧的な黒い革張りの社長椅子が置かれ、老婆はそこに座って腕を組んでいる。

「あたしもそっちに行きたいところだが、この鎧を着てると動けなくてね。ここから失礼するよ」

「あの、筋力足りて無いなら脱げばいいんじゃ」

道具や防具には重さが設定されており、筋力が足りないと、着ることは出来ても筋力と重さの差に比例して動きが遅くなって、最終的には身動きが取れなくなってしまう。

「そうなんだけどね、ほら、一応そういう決まりで」

「大変なんですね、総長って」

 この老婆は、騎士団連合と呼ばれる騎士団を名乗るクランが集まってできたギルドの一番偉い人。彼女に招かれ、僕は騎士団連合総本部でもある、レイグリファン城を訪れていた。このゲームでは一部の建物を個人、クラン、ギルド単位で所持することができ、奇しくも最古の騎士団発祥の地でもある王都にそびえるこの城はその中でも最大級のものだ。

「まあねぇ、その辺のことを色々と愚痴りたいところでもあるんだけど、その前に話したい事があってね」

「オーバーテイカ―さん関連ですか?」

「せやね」

 一昨日の事だ。脳筋ニトロこと電電さんを巻いた後、僕は森の都に着くとすぐにログアウトしてしまった。追いかけて来られたら厄介だからだ。そうすれば、まあ、彼も追いかけるのを諦めてくれると思っていた。いや、侮っていた・・・というのも違う。そうだ、彼が僕にしたように、僕も彼を、過大評価していたのだ。

「2199人」

 と、彼女は謎の人数を告げる。何となく意味を察してしまい、その人数の多さに驚きを隠せないでいると、彼女は腕組を解き、頬杖を付いて見せた。

「あり得ない数字だろう。無双ゲーかっての。騎士団の連中だけでも500人は下らんよ」

 たぶんそれが、一昨日の彼のスコアだろう。

 僕がログアウトした後のことだ。電電さんは森の都へと着くと、僕の名前を叫び、居ないならば今すぐ連れて来いと駄々をこねながら、街にいたプレイヤーを殺しまくったらしい。森の都は初心者が初めて降り立つ街ではあるものの、三大国家の一つ、連邦、または森の国と呼ばれる「エルフ及び多他種族魔導連邦」の首都でもある巨大な街だ。世界樹を中心に、魔導関連を中心とした様々な施設が充実しており、多数の巨大クランやギルドが本拠地としている為、歴戦の勇者が山ほどいる街でもある。

「もうね、ちぎっては投げ、ちぎては投げ、よ。狸も出張ったんだけど歯が立たずってなもんだ」

 狸、とは、ブリュブレローの事だろう。直訳して青い狸。騎士団連合最大の派閥で有りながら議決権を放棄し、純粋な武力の執行部隊となった集団だ。ちなみに当時、その潔さに憧れて入団しようと思ったが最初の面接で落ちたのは内緒。

「でも、レイブンさんも参加してたら勝てたんじゃないですか」

 裏切者のレイブン老。目の前にいる老婆の名だ。オーバーテイカーを裏切り、こちら側についた、騎士団連合で最強のおばあちゃん。

「無理無理、相性が悪いよ。それにさ、あれはあっちでも3番目くらいに強いから」

「あっちで一番強かったって自慢してませんでした?」

 直接会うのは初めてだが、その噂は有名だ。レイブン老は目を逸らす。まあ、そういうことだろう。

「まあそれは置いておいて、経緯ってやつを聞きたいんだけど、なんで追われてるのかね、君は」

「かいつまんで言うと、絡まれたので茶化して逃げました」

 何となく希少な古代エルフ族の少年の事は、黙っておいた。喋ればきっと、かれも渦中に引きずり込まれてしまう。それはなんだか可哀想な気がしたからだろうか。

「あー・・・そう、電電ちゃんを茶化しちゃったんだ」

「はい」

 長い耳の先を細い指で掻くと、レイブン老は深いため息を吐いた。

「電電ちゃん、バカだけど、あんなことする様な子じゃないんだけどねぇ。どんだけ茶化したのよ」

「・・・すみません」

と、言っても、僕が勝手に勝ったつもりでいるだけで、結局はただ全力で逃げたに過ぎない。

「どうすればいいんでしょう。謝りに行ってきた方がいいですか?」

「いや、あんだけ暴れりゃ気も晴れたろう。それより問題なのはこっち」

 一呼吸を置き、頬杖を逆の手に変えて続ける。

「やられっぱなしだからねぇ。報復しようって気運が高まってんのよ」

「良いんですか、そんなこと喋っちゃって」

何となく、聞いちゃいけないような気がして尋ねると、老婆は口を押えて、「あっやべっ」と一言。

「聞かなかったことにしてね」などと付け加えた。

 僕は苦笑い交じりに頷くと、「用件ってこれだけですか?」と尋ねた。

「そうさね、こんなしょうもない事が発端でドンパチ始めるのも馬鹿らしいしねぇ。血が昇っている連中の頭を冷やすには丁度いい話が聞けてよかったよ。わざわざありがとね」

 こんなことを聞くためにわざわざ騎士団連合の総長が出張るのも変な話だと思いつつも、「いえ、どういたしまして。総長とお話する機会を頂けて光栄でした」

 と告げて立ち上がり、一礼すると、彼女は笑顔で手を振った。

 

 扉から出ようとした瞬間、視線を感じて振り返る。一瞬だった。彼女の目が異様に鋭く、冷たく、こちらをにらんでいる様に見えたが、直ぐにニコっと微笑んで見せた。ぎょっとしたが、会釈を返して、部屋を出る。

 扉が閉まると、UIを開いて、僕は急いで手紙を書いた。宛先は、古代エルフのタクミくんだ。


つづく

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