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3.灰の中のパラドックス

永遠の花、過去の約束、未来の為に流す涙


紡ぐために仕立てた外套は、踏み出すための無知を纏う


歌を歌おう、踊りを踊ろう。その旋律は崩壊を経て、偶然を奇跡に孵す


3:灰の中のパラドックス


 電々と言う名の大男は、屈強な肉体につややかな黒い長髪、その髪の間から、二本の赤い角を生やしている。眼は長い前髪に隠れ、視線は読むことが出来なかった。


 陽が落ちて光を纏う森の小道を行く。橋に置いてきた馬を迎えに行くためだ。雨は上がり、代わりに小さなホタルの光が舞っていた。木々の枝や草花が揺れる。その中に混じっている、村から延々と後を付いてくるノイズは、多分不穏なものなのだろう。

 足を止めると、ノイズは消えた。代わりに野太い声が響く。

「おや、気づいてましたか」

 木々の影から姿を現した大男は真っ黒なコートを羽織っていた。その裾の隙間から、仰々しい剣の柄が覗いている。

「結構いいヘッドホン使ってるからね。こう見えてもガチ勢だったんだ」

 自分の耳を差して見せると、顔を少し傾けた男の前髪の隙間から、赤い目がチラリと覗いた。

 一文字に閉じた口が開くと、牙が見えた。

「おやおや、やる気満々な感じですか」

 やはり僕は、彼を知っている。名前は電々。総合ランク、前衛クラス共にトップランカーで、二つ名はニトロ。そしてもちろん自称超越者。

「だってあのアリスって子、根に持ちそうなタイプだったからね」

「アリスは関係ありませんよ。ちょっと目障りだったので個人的に忠告しに参った次第です。こちらの提案を受け入れてもらえるなら、何もする気はありません」

 男は剣を抜き、それを足元に突き刺すと、柄の先に両手を置いた。そして自慢気に口元をゆがめて笑う。やる気満々なのはどっちだろう。

 その剣は一つのサーバーに一つしか存在しないアーティファクト、至宝群、またはプレイヤーの間でS級と呼ばれるアイテムの一つだ。一言で言えば超強い武器。得物を忘れた僕なんて、相手になるわけもない。いや、あったとしてもケチョンケチョンで間違いない。唯一の救いは、雨あがりと言う事だけだ。

「あの古代エルフの子に近づくプレイヤー全員をそうやって脅してるのかい?」

「そんなわけ無いでしょう」

 鬼が笑う。

「貴方のお節介は結構特殊なのですよ。自覚の無い所が実に痛々しい」

 そうは思わなかった。これはゲームであり、誰もが正義の味方に憧れる。ゲームを現実の延長と捉えているガチ勢は、そのことを理解できない。かつての僕も、そうだった。

「アリスちゃんの取り巻きでなければ、あのエルフの子のストーカー?それも悪趣味だと思うけど」

 鬼はまだ笑う。

「アリスは悪い子ですから、タクミ君と仲良くしてもらわないと困るんです。まあ私たちは保護者というところでしょうか」

「飼い主だろ」

 後悔が走る。鬼は卑しく笑った。そうだ、笑え。僕の負けだ。

「それではご返答をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 彼と僕の本質は同じだ。共通の認識として、先に感情的になった方が負けなのだ。それを彼も分かった上でこの問いを投げてよこしたのだろう。メリットだけを考えれば、殺されて所持品を奪われて、更に危ない集団に目を付けられてしまうというリスクを回避する方が望ましいはずだ。この大男も、僕はそちらを選ぶだろうと、僕を過大評価しているに違いない。

 サディストの赤鬼に、教えてあげよう。僕は君が思っているよりも幼稚で、潔癖なのだ。

「電々さん、雨上がりは好きですか?」

 そういって、彼に向かって手をかざす。

「あらら、貴方はもっと賢い方だと・・・おや?」

 霧が辺りを包む。白く深く、世界は染まる。

 僕は一つだけ、隠者の霧という魔法を習得している。水の属性が強い場所、例えば雨上がりのフィールドなどで霧を発生させて目くらましにする水属性の初歩魔法だ。使える場所が限定されている上に使いどころが殆どなく、習得の為のスクロールも捨て値で取引されている。

 この魔法を覚えたのには理由がある。一つは銀のハルバード。そしてもう一つは、僕のギフトだ。

「魔眼て知っているよね、電々さん」

 プレイヤー別に特殊なパーソナルスキルを持つ場合がある。転生する度にランダムで手に入るもので、その中の一つが魔眼だ。

「なるほど、暗くてジメジメと湿ったところが大好きなんですね。でも、目隠しくらいで逃げ切れるつもりでいたなら随分愚かな人だと思いましたが、まさかさらに上を行くおバカさんだとは」

と、何故かうれしそうに鬼がはしゃぐ。

 魔眼はいくつかの複合スキルだが、その中でも最も特徴的な能力が目視したキャラの位置を一定時間遮蔽物越しに見ることができるというものだ。霧は、僕にとって圧倒的に有利に働く。

「ほら、こっちからは丸見えだよ」

 真っ白な視界の中に、鬼の姿が赤く縁取られて映る。鬼は動かない。だけど、こちらの位置は大方見当がついているはずだ。視界だけでなく、音も重要な情報になる。大体の場所や距離、装備、使っているスキルや魔法の大まかな種類まで、分かるとなれば、その重要度は馬鹿に出来ない。だから僕らは、耳にもこだわりを見せる。

 鬼の回りを走り回りながらバフ(強化)を掛ける。筋力を上昇させる気功、鋼の特性をアップさせる練磨、一撃だけ攻撃力を上昇させる重撃。全て鬼には筒抜けだろう。

「攻撃上昇ばかり。まさか一撃で私を倒せるとでも?何か隠し持っているんでしょうか、怖いなぁ」

 真っ白い霧の中に赤く縁取られたシルエットしか見えないが、鬼の顔に余裕の笑みが浮かんでいることくらいは想像に難くない。

 立ち止まると、鬼がこちらに向きを変えた。

「早くしないと、待ちくたびれちゃいますよ」

 切っ先をこちらの方に向けるが、微妙にズレている。トップランカーでも、やはり濃い霧の中でこちらの場所を完璧に捉えることなど出来ない様だ。立ち尽くしていたのも、こちらの攻撃にカウンターを合わせて確実に仕留める為だろう。

「逃げるなら今の内だよ」と煽るも、「ぬかしますねぇ」なんてまるで気にも止めない様子。剣しかない僕に使える最も攻撃力の高い技は溜め切りだ。ドシャァみたいなド派手な効果音の後に、バチバチと火花の散るような音がなり、赤い光が刀身を纏い、黄色い火の粉が舞う。

「チャスラですってぇ?逆に意外過ぎて驚愕ですよ」

 チャージスラッスを略してチャスラ。初心者でも音だけで判別可能な定番中のド定番。

「余裕ぶってるけど、こっちからは丸見えなのを忘れてない?霧の中でクリティカルポイントを狙った攻撃を避けられるかな?相当痛いと思うけど」 

「どうぞ試して見なさい。私を試せるなんて光栄なことですよ、わかってますかぁ」

 個人としての総合力で言えばこのサーバーで一番強いであろう男に有利な立場を作って挑める。それはプレイヤーとしては幸運なことなのだろう。だけど僕はもう、剣を捨てた。代わりにペンと水筒をもって世界を見て回ることを決めた僕にとって、トップランカーなんて大した価値はない。

 だから僕の勝ち方がある。


サクッ


 ただ放っただけの短剣が赤鬼の胸に刺さり、少量のダメージとともに小気味よい音が森に響く。


 彼は二つ名にふさわしい瞬間火力、一瞬で大ダメージを狙う脳筋(物理バカ)キャラだ。赤い角と牙を持つオーガ族の種族スキルは一定時間攻撃力が倍になる代わりに防御力が半分になるというものだ。更に彼のギフトは受けたダメージが蓄積され、次の攻撃にダメージ分が加算される逆燐と呼ばれるもので、一撃で倒し切らなければカウンターでこちらが倒されてしまう。極めつけは戦闘不能ダメージを受けた場合、体力を1だけ残して一定時間無敵になれる魔剣の能力だ。職業スキルに体力が低ければ低いだけダメージが上がるものや、回復手段があったり、まだまだ底が知れない。絶対に倒しきれない上に種族スキルによるデメリットがメリットに変換される必殺のスキルコンボと、そんなの無くてもただただ強い操作技術を持ち合わせた無敵の化け物を相手に、まともに戦うつもりはない。


 走り回っていたのは、有利な場所を取るためで、強化スキルの重ね掛けは本当に使いたかったスキルの音を隠す為だ。最後の溜め切りは、こらちの攻撃に集中してもらうための撒き餌、演出に過ぎない。

 全速力で逃げながら、僕は短剣をただ投げつけた。短剣が破壊される代わりに相手の行動を5秒間止めることができるA級・・・レアモンスターからのレアドロップの高級品。一つ金貨50枚也。これ一つでB級と呼ばれるプレイヤーが作成可能な最終装備に耐えうる等級の防具一式が揃うほどの値段だった。それだけじゃない。今頃は、こっそりと掛けておいた足枷の鎖という対象二つをつなぎとめるスキルに足を取られて焦っているに違いない。気付かれれば一瞬で壊されてしまう鎖だけに、これだけの準備が必要だった。

「ぎゃっ」

と、鬼の間抜けな声と、ドスンという音が響いた。鎖に足をとられてコケたのだろう。

 彼は愛馬が僕を待っていることを知らない。橋まで先にたどり着ける時間さえ稼げれば、彼が森を抜けるころ、僕は馬上で草原を駆け抜けているだろう。

「逃がさねぇぞおらぁああああ」と、猛る彼の叫び声はもう遠い。

 鬼さんこちら、手の鳴る方へ。


つづく

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