2.コールドコール
誰もが、宝物を手に入れればそれを守る番人となる。それを奪いに来た盗賊相手に剣を取り、命を懸け、きっとそれを守り切るのだろう。血しぶきを上げながら向かってくる彼女に、きっと誰も勝てはしない。
2.コールドコール
僕は彼女を知っている。
村の入り口、見張り台を擁する大きな門の前で、彼女は腕を組んで仁王立ちをしていた。ピンク色の長い髪に赤と白のレオタード風のボディースーツ、自己主張の強い格好をしていた。
「あんた、誰よ」
エルフの少年を村に送り届けた僕を睨みつけ、彼女は凄む。口を開こうとした僕を遮り、少年が先に彼女に応えた。
「この人は道に迷ってた僕を助けてくれたんだよ」
その声は弱々しく、どこか怖がっている様に見えた。
「ダメでしょ!一人でここまで来るのが特訓だったのに!ズルして」
少年が何で地図を持たずに森をうろついていたのか、理由がはっきりした。しかし、そんなことをして、一体何の特訓になるのだろう。
「ご、ごめん」
少年の謝罪を無視して、彼女は再度、僕を睨みつけた。
「あんた、何のつもりよ。タッキーがレアだからって唾つけようとしてんでしょ」
独占欲。彼女から漂う悪臭は、きっとそれだ。森で出会った時、少年が自分の種族の事を「目立ちすぎて少し困る」と語りながら見せた暗い表情は、間違いなく彼女の所為だろう。
「そんな人じゃないよ、ジルさんは」
少年が語気を少し強めにして僕を庇ってくれたが、彼女が睨みつけると、やはり少年は気圧されてしまった。
僕は彼女を知っている。だけど彼女は僕を知らない。僕は、大多数の中の一人の一般プレイヤーで、彼女はこのサーバーで有名なクランに属している有名なプレイヤーだからだ。彼女の名前はアリス。アリス・イン・アンダーランド。このワールドを自治している騎士団連合と呼ばれるクランの連合と対峙する悪の組織・・・というのは言い過ぎだけど、ある意味ゲームを楽しんでいる凄腕ゲーマーの集まりに所属し、彼女自身も個人では相当強いプレイヤーのはずだ。
ハッキリ言ってしまえば、僕は彼を庇えない。庇う力が無い。
「なんでタッキーがそんなこと分かるのよ。初心者なのに」
初心者なのはあまり関係がない気がするが、威圧的なその言葉に、少年は俯いて何も言い返せなくなっていた。
「ねえ、アリスさん、あんまり虐めちゃ可哀想だよ」
とっさに口が出てしまった。
「はぁ?イジメじゃなくて叱ってるの。悪い子だから」
「でもあんまり叱りすぎても嫌われちゃうよ」
アリスの顔が敵意で歪む。可愛く作ったキャラクターの顔も台無しだ。
「嫌われたくないからって甘やかしてたらタッキーの為にならないでしょ?!あんたもくだらない奴らと一緒なのね」
くだらない奴らって言うのが誰の事なのかは知らないが、彼女の思い通りにならないからと言って怒鳴り散らす事が、少年の為になるとは到底思えなかった。
「俺の所為で気を悪くしたのなら、あやま・・・」
「おれ?あんたネカマなの?」
僕の言葉を遮ってそう言うと、アリスの口元が醜く歪んだ。そこに現れた感情は、蔑みだ。
「女キャラを使ってるけど、女のフリはしてないよ」
「そんなのぱっと見じゃ分からないじゃない。それ、女装してるのと一緒だから。変態」
ぐうの音も出ない。
「タッキー、こんな奴は放っておいて行きましょう」
アリスが周りを見渡している。気づかなかったが、騒ぎを聞きつけて他のプレイヤーが遠巻きに集まってきていた。なんとなく居心地が悪い。
「あの、まだやりたいクエストがあって・・・」
「なにそれ、手伝ってあげないわよ。私」
さっさとこの場を離れたいのだろう。僕もだ。
「でも・・・」
と、少年は食い下がる。
「・・・そいつに手伝ってもらうつもりでしょう。ダメだからね、絶対」
「そんなことしないよ、ここまで案内してもらっただけだもん」
「じゃあ勝手にすれば。わたしはもう落ちるから。ほんと馬鹿ばっかり」
そう捨て台詞を残して、彼女は札のようなものを取り出してちぎると、魔法のエフェクトが彼女を包んで姿を消した。彼女が使ったのは呪文符という、破ることで特定の魔法を発動させる種類のアイテムだ。指定した場所か、設定した場所へ転移する魔法が込められたものだろう。
「あの」
少年が元気無く話しかけてきた。少年の方に目をやると、申し訳なさそうに目を伏せている。
「せっかく親切にしていただいたのに、こんなことに巻き込んでしまってすみませんでした」
「タクミくんの所為じゃないよ、気にしないで」
笑いかけたつもりだが、少年は目を合わせてはくれなかった。
「そうえばクエストに行くんだっけ?良かったら手伝う?」
「いえ、これ以上はご迷惑をおかけしたくないですし、アリスが・・・」
「そっか、あんまり口をだすのも悪いとは思うけど、彼女と彼女のクランとはあまり関わらない方がいいかもしれないよ」
すこし足を踏み込み過ぎている自覚はあったが、どうしても忠告しておきたかった。彼女のクランは、弱小だったこのサーバーで好き勝手悪さをするために他のサーバーから移転してきた連中だった。自分たちをオーバーテイカー、超越者と名乗り息巻いていたが、実力は確かで、このサーバーの対人ランクを独占。ただ、初心者には手を出さず、上級者ばかりを狙っていたからか、彼らに憧れを抱くプレイヤーさえいた。
「でも、いろいろ教えてくれたりもするんです。時々やりすぎちゃいますけど」
少年も頼りに出来るのは彼女しかいないのだろう。でも、このままだとこのゲームを嫌いになって辞めてしまうかもしれない。
「ゲームの中にお姉さんの知り合いとかいないの?なにも彼女を頼らなくても・・・」
僕の問いに、少年は黙って首を振った。
「じゃあ、僕のID渡しておくよ。何かあったら連絡して」
インターフェイスを介してIDを送ると、ほどなく承認の確認が返ってきた。
「ありがとうございます」
と、礼をいう少年の表情には、少し明るさが戻っていた。僕も笑い返したが、実をいうとオーバーテイカーとは出来る限り関わり合いたくは無かった。ゆっくりと飲み込まれていくような、無理やり逃げようとすれば、掴まれた腕ごと千切れてしまうような、不気味な違和感。これはたぶん、後悔という感情なんだろう。なけなしのプライドの為に取った行動に対する対価は、出来れば支払える程度の額であってほしい。
つづく