10:薄氷
深い深い水の底には光なんて届かなくて、自分の輪郭さえ定かじゃない
暗い水に溶けてしまった宝物を探して、息が切れても泳ぎ続けるしかない僕を、君は笑っているんだろうか
もしもまた宝物を見つけたら、君は泣くのだろうか
10:薄氷
ステータスを上げるだけなら、戦闘は必要ない。走ったり筋トレをすればステータスは上がっていく。ならなぜモンスターを退治するのかといえば、その方が効率が良いからだ。金策にもなるし、武器や魔法のスキルも上がる。金策を無視すれば、対人戦でも良いんじゃないかと思うかもしれないが、何故か人が相手だと効率が落ちてしまう。
モンスターを狩る。それが神々の定めた我らの定めなのだ。
「洞窟って初めて潜りましたけど、とても明るいんですね」
タクミくんの声が、洞窟内に響く。反響する声が重なって消えた。
バナナビーチでのレベリングも効率が悪くなってきた為、今度はダンジョンに挑むことにした。このクジラ群島大洞窟は島同士で繋がっているらしい。洞窟は思いの外広く、縦幅も横幅も10メートル以上はあるだろう。モンスターの強さはバナナ島より少し強いくらいで、進むに連れて徐々に増していく。支流から本流の洞窟までは、レベリングに最適な作りになっている。本流の洞窟のモンスターはカンストしていても手こずるくらいに強さが跳ね上がる、と聞いている。
「そうだね、初心者用のダンジョンは大体明るいんだよ。ヒカリゴケのおかげって設定らしいよ。もう少し難しいダンジョンになると、光源が無くて明かりを用意する必要があったりするけどね。俺はいらないけど」
「うそ、あんた、魔眼持ってんの?」
と、意外とアリスが魔眼に食いついてきた。
「あれ?電々さんから聞いてない?」
「知らないわよ、あんな根暗」
散々な言われようだが、不思議と同情の念は湧かない。
「魔眼を持っていると、暗いところでも平気なんですね」
ふと、思った。そういえば、タクミくんは、ギフトを持っているのだろうか。エンシェントエルフといえば魔術師系のクラスに進むのは当然だけど、もしもギフトを持っていて、それが魔術系と相性が良ければ言うことは無い。
「暗視はいくつかある魔眼の能力の一つだよ。普通のプレイヤーにはあまり役に立たないけど、生物図鑑を埋めている俺にはすごく役に立つんだ。暗所にいる生き物も多いからね」
「それより」
と、アリスが割り込む。
「あの斧と魔眼があれば霧裂ゴッコが出来るじゃない。ちょっと貸しなさいよ」
霧裂ジャックとは、我が雷鳥鯖きっての有名なPKの二つ名だ。ラルムと魔眼を使って、霧の中で一方的に狩りをする。だから、霧裂の正体は誰も知らない。いや、知らなかったといったほうが正しい。殺害人数は全サーバーのPKの中でもトップスコア。全PKのスコアを足しても彼女のスコアには及ばない。
一日での最多スコアは、この前、電々さんが更新したけど。
さらに言えば、彼女は特に強かったわけでもない。例えば同じ魔眼持ちが相手だった場合は、帰還用の呪符を千切ってさっさと逃げてしまった。彼女は、圧倒的に有利な状況で、一方的な狩りをしていたに過ぎない。
「じゃあまず、魔眼を引くまで転生しないとね」
「えっ、魔眼手に入ったらその斧くれるの?」
「いや、あげないけどね」
「じゃあ転生なんてしないわよ。バーカ」
例えラルムを渡したところで、アリスのステータスではラルムをまともに振り回すことも出来ない。ラルムを振るうには、ラルムのために転生し、魔眼を手に入れ、振り回すためのステータス調整をする覚悟が必要だ。僕みたいに。
「あ、あの・・・」
タクミくんが神妙な面持ちで口を開いた。
「ぼ、僕、もしかしたらすごいことに気づいちゃって」
「どうしたの?」
そう尋ねると、タクミくんは少しだけ後ずさる。
「霧裂の正体って、もしかしてジルさんなんじゃ・・・」
「ぷっ」
と、アリスが吹き出す
「アハハハ!こんなのが霧裂なわけないじゃない!」
と、大爆笑。タクミくんの顔が、みるみる赤く変わっていく。照れて顔が赤くなる所までフィードバック出来るということは、タクミくんはきっと高スペックなヘッドマウントディスプレイを使っているに違いない。
「で、でも、大事なものだって・・・」
「あのね、タッキー。霧裂はもう引退してるの。正体どころか、身バレまでしちゃって」
そう、立花茜は、当時所属していたクランのメンバーの一人に裏切られ、個人情報を晒されてしまった。それが、僕の、僕達のクランが瓦解した切っ掛けになった。
「なんかごめんね、タクミくん」
気まずそうにしているタクミくんに、とりあえず誤っておいた。
「ねぇ、それなら、その斧って霧裂からもらったの?」
アリスが、そう、僕に尋ねる。違うけれど、そうともいえなくもない。だけど、それをアリスに知られるのは、なんだか違う気がした。
「そうだよ」
その嘘に、アリスは、
「ふーん」
と、適当な返事。興味ないなら聞かないでほしかった。そうしたら、嘘の罪悪感を無駄に背負うことも無かったのに。
「ほら、あそこ。蜘蛛のモンスターがいますよ」
先行していたタクミくんが声を上げた。見てみると、1メートル位の巨大な蜘蛛がいる。足が太い。土蜘蛛の一種だ。この種は、毒を持っている事が多い。
「毒があるかも、気をつけて」
あいにく、解毒薬は持っていない。ヒーラーが居ないこのパーティでは、タクミくんには荷が重いかもしれない。
「大丈夫です、解毒の魔法はもう覚えています」
「大丈夫よ、解毒くらい使えるから」
と、タクミくんとアリス。
「え?」
理解が追いつかない状況下で、人間が頑張ってひねり出せる言葉は、きっとそれだけだ。
「なんでタッキーが使えるのよ!」
と、アリスも驚く。
「いや、アリスもだよ!」
と、アリスを嗜める。
解毒を首とした奇跡は、他の属性魔法と違い、ヒーラー職と、パラディンしか使うことが出来ない。パラディンのクラスには到底及ばないステータスの二人は、間違いなくヒーラーの初期クラスの癒やし手だ。いや、アリスに至ってはステータスが足りていないから解毒も使えないはずだ。きっと、覚えてはいるが、一度も使ったことが無いから使えないことに気づかなかったというオチだろう。
「そういえば、タクミくん、いままで一回も魔法を使ってないよね」
「はい、アリスに、最初は体捌きを覚えるために魔法は使わない方がいいって言われたので」
たしかにその通りだ。脳波でゲーム内のキャラクターを動かすこのゲームでは、ちょっとした動作でも現実とはかなり勝手が違う。慣れるには相当な時間が掛かるし、初心者にはそれが正解だ。グッジョブ、アリス。
しかし、
「強化魔法や回復も?」
それらの魔法は、併用して一緒にスキルを上げたほうが効率がいい。
「はい、アリスが魔法は一切禁止って」
タクミ君の証言に対し、アリスが異議を唱える。
「だって、魔術クラスだって思うじゃない、エンシェントエルフなんだから」
たしかにそうだが、相手は初心者だ。そして、その保護者はあのアリスだ。・・・確認しなかった僕が悪い。
「すぐにクラス替えなさいよ、タッキー」
「え、僕、ヒーラーがいい」
もったいない。もったいないが、タクミくんは初心者だ。本来であれば、本気のキャラクリは二周目以降で、一周目は好きなクラスを楽しむものだ。しかし、お姉さんからキャラを貰ったタクミくんには、その経験がない。できれば、タクミくんの希望を叶えてあげたい。
「まった、アリスちゃん。クラスはいつでも変えられるし、ステータスの上限だってリセット出来るよ。まずはタクミくんの好きなようにさせてあげようよ」
「ジルさん・・・」
と、羨望の眼差しを向けるタクミくんと、それに嫉妬しているのか、すごい形相で僕を睨むアリス。
「すぐそうやって甘やかすんだから!」
と、アリスは凄むが、今はそれ以上の問題が浮上している。
「それよりアリスちゃんだよ!なんでヒーラー?馬鹿なの?」
と、捲し立てる僕にアリスは呆れたように言う。
「はぁ?あんた、私のステータス見てるじゃない。なんで知らないのよ」
確かに見た。しかし、当然拳闘士のクラスだと思ってクラスの欄には全く目もくれなかった。
「そ、そんなことより、そのステータスじゃ回復も解毒も使えないよ」
「は?使えるわよ、見てなさい、キャスト!」
そう言って、アリスは呪文を唱えるも、やはり魔法は発動しなかった。
「ちょっと、なんでよ!バカ!」
と、地団駄を踏むアリスを横目に、
「むしろなんで知らないんだよ、アリスちゃん」
と、嫌味をいうと、
「だって攻撃なんて当たったこと無いもの。使うわけ無いじゃない」
などと、訳の分からない供述をしてきた。
アリスのステータスで使える神聖魔法は、ライトマインという、素手や杖の先で触れた部分に相手を吹き飛ばす魔法の地雷を設置する無詠唱の魔法だけだろう。一つしか設置出来ないが、リキャストも無く使いやすいため、ヒーラーのソロ戦術の要になる有益な魔法だ。しかし、この魔法は精神系のステータスに依存して範囲と相手を吹き飛ばす距離が変わる。アリスのステータスだと、魔法が発動できるというだけで、範囲は多分手のひらくらい、吹き飛ばし効果も発動せず、全く意味をなさない。
この自称超越者が、まさか初心者以下だとは思わなかった。もう、アリスのことは放っておこう。
「タクミくん、その様子だと、ステータスのリミットも設定してないよね?」
「すみません、リミットってなんですか?」
やはりだ。アリスが説明するわけがない。
「アリスちゃん?」
「そのうち教えるつもりだったわよ!」
などと宣うが、絶対に嘘だ。
「もういいよ。えっとね、タクミくん、ステータスにリミットを設けると、それ以上ステータスが上がらなくなるんだよ。ステータスの上がる量は総数が決まっていて、全部のステータスを最高値まで上げたりは出来ないんだ。だからステータスを不要なところに割り振られないようにリミットを設定する。つまり、リミットを設けることで、自分の好きなように最終ステータスをデザインできるんだよ」
「な、なるほどぉ」
と、空返事。ちょっと分かりづらかったかもしれない。
「ステータスの数値は攻撃や防御だけでなく、上位クラスの条件や、使える装備や魔法にも影響があるからね。どのステータスがどれくらい欲しいのかを決めないといけないんだよ。タクミくんは、なりたい上級クラスとかはある?」
タクミくんが首を横にふる。
「いえ、ヒーラーがいいかなぁって漠然と思っているだけです」
ヒーラーの上位職には、光術師、治癒師、担い手の三種類がある。それぞれ、攻撃、回復、強化に特化しており、覚えられる魔法は同じだがスキルが違う。ただ、光術師や担い手であっても、パーティーであれば、回復しながら攻撃、回復しながら強化といったように、基本的にヒーラーの役割に徹するものだ。
もう一つ、召喚士であれば、契約した精霊や神獣によっては回復も可能だが、ヒーラーとしての役割を果たせるものではない。
「そっか・・・。そういえばギフトは持ってたりする?それに合うものを決めるのもありかな」
「えっと、二枚舌です」
二枚舌、ダブルキャスト。2つの魔法を同時に使うことが出来る、汎用性の高い超レアスキルだ。もちろんそれはヒーラークラスでも同じで、二人同時に回復したり、高速で強化をかけ直したりと、有益すぎるくらいのギフトだ。
「すごいよ、タクミくん。二枚舌があるなら、どのヒーラークラスでも・・・ん?二枚舌?」
エンシェントエルフと二枚舌。どこかで聞いたことがある様な組み合わせだ。
「どうしたんですか?」
不思議そうに上目遣いで僕の顔を覗き込むタクミくん。そう、タクミくんは知らない。化け物を退治した、古のエルフがいることを。そして、自身が、彼女と同じ力を秘めていることを。
「いやぁー・・・、えーっと、あの、アリスちゃん、知ってた?」
暇そうに指で髪を巻いているアリスへ目をやる。
「なんのことよ」
「タクミくんのギフトだよ。二枚舌だって」
「知ってるわよ。だから?」
ここにも居た。タクミくんの価値がわからないニワカが。
「だって、二枚舌だよ!化け物殺しと同じ!」
そう熱く語っても、アリスには全く響かない様子だ。アリスは、うざそうに眉間にシワを寄せる。
「なにそれアニメ?知らないわよそんなの。気持ち悪い」
「あの」
と、タクミくんが手を挙げる。
「僕もよくわからないんですが」
「タクミくんは初心者だから仕方がないよ。実はエンシェントエルフと二枚舌の両方を持っていると、本来は二人いないと使えない合成魔法っていう特殊な魔法が一人で放てるんだ」
「それってすごいんですか?」
「もちろん」
と、大げさな手振りでそう答えた。
「合成魔法の特徴は、攻撃力よりもその攻撃範囲なんだよ。ほとんどの魔法は読み合いさえ勝てれば回避が可能なんだけど、合成魔法の場合は回避出来たって報告が未だにないんだよ。つまり、撃てれば必中で必ず大ダメージを与えられるってことなんだ」
「でも」
と、タクミ君。笑顔で、こう続けた。
「ヒーラーには関係無いですね」
「うん、そうだね・・・」
心変わりしたら良いな、なんて下心もあったけれど、タクミ君の決意はきっとオリハルコン級の硬度なんだろう。
自身に強化魔法を掛けたタクミくんは、毒を受けることもなく、難なく蜘蛛を退治した。ずっと接近戦をこなしてきただけあって、アークでの身のこなしは十分に身に付いていた。いや、十分どころでは無い。むしろ接近クラスをお勧めしたいくらいセンスが光っている。
「タクミくんは、ベアラーが合っているかもね。強化に特化したヒーラー職だから、接近戦のセンスがあるタクミくんとは相性がいいかも」
蜘蛛を屠った短剣を鞘に仕舞いながら、タクミ君が振り向く。
「本当ですか?ありがとうございます。ほかにはどんなクラスがあるんですか?」
その問いに答えて、他の二つのクラスを簡単に説明した。
「あっ、それなら僕、回復が得意なグランヒーラーになりたいです」
よりにもよって?と、思ったが、顔に出さない様に必死に抑えた。ルーラーなら、キャスターの上級職のウィザードと同じく、速唱が使える。2分半に一度だけ、詠唱時間をキャンセルして魔法が使える強力なスキルだが、二枚舌を持っている場合は同時に二つの魔法の詠唱がキャンセルされる為、実質効果が二倍になる相乗効果を持つ。
タクミくんのセンスと相性の良いベアラーか、二枚舌と相性の良いファストキャストを持つルーラーを、個人的には選んで欲しかった。
だからと言って、グランヒーラーが間違った選択と言うわけでは無い。むしろヒーラーとしては正解とも言える。ヒーラー職の中で、最も需要のあるクラスが、グランヒーラーだからだ。回復系を補助するスキルや、MPの消費を抑えたり、自身のMPを回復するスキルなど、パーティーを組んだ時に継戦能力を上げるグランヒーラーは効率の良い狩りや攻略をする上で、この上なく重要だ。言ってしまえば、パーティーでプレイするなら、攻撃や強化は他のクラスの役割で、ヒーラーには無用とも言える。
「オッケー、タクミ君、その方向でステータスも調整しようか」
「はいっ」
と、笑顔で答えるタクミ君。その笑顔が見られるなら、筆舌に尽くし難いこの悔恨の念にも堪えられるというものだ。
「ねぇ、あたしは?」
と、アリスが自分を指さして屈託のない微笑みを見せる。いや、屈託とはもともと無縁だけど。
目茶苦茶なステ振りと、明らかにステータスに合っていないクラス。この惨劇の前で、僕が言えることは一つしか無い。
「アリスちゃんは、そのままで素敵だよ」
「でしょぉ?」
いつか、屈託に溺れてしまえば良いのに、なんて口には出せなかった。
つづく




