梟の森
夜。
音もなく広がる雪原の先に黒々とした森があった。
その森の端に一匹の黒猫が佇んでいる。
前脚を真っすぐに揃え、なめらかな背を伸ばして。
猫はジッと動かずにそこにいる。
目の前は雪原。
その上に大きな満月が浮かんでいる。
猫は動かないままその月を見上げている。
風はない。
動くものもない。
ただ月の光が白々と降りていて雪の白に映り、ぼんやりと白い影を浮かび立たせているように見える。
ピクリ。と猫の右耳が後ろへ動いた。
頭上の枝から落ちた雪が、パラパラと音を立てて猫の近くに落ち、小さなくぼみをいくつかつくった。
猫は、何かが無音のまま頭上の枝に降り立つその前の小さな風切りも、頭上の気配も捕えていたがそのまま動かなかった。
「ほっほー」
上から鳴き声が聞こえた。
「こんな夜更けにどうしなすった猫さん」
さらにそんな声が下りてくる。
それでも猫は動かず返事もしない。
ただ月を見ている。
声の主もそれきり何も言わず猫の視線を追って月を見上げた。
澄み切った夜と白い月。
音がしないとわかっている空間にあえて音を探ろうとするようにどちらも沈黙した。
「月に・・・」
視線を動かさないまま猫がこそりという。
「月に呼ばれた気がしたのです」
「ほー。月に呼ばれなすったか」
「はい。梟の森へこいと・・・」
再び沈黙が落ちた。
月はただ輝いている。
明るい晩であった。
色も影もはっきりと濃い。
控えめな粉雪が落ち始めた。
月の光は宙の雪にもそれぞれと宿り、冷たく引き締まった空に不思議な光彩を与えた。
降る光。跳ねる光。抱く光。にじむ光。
さまざまに質を変えながら空間に舞っていく。
空気が薄い紫に染まっていくように見える。
寒さに凍えた体を膨らませて、猫は息を吸った。
息を吐くと共に弛緩する。
表情も和らいでいる。
枝の上にいたものが大きな羽を広げて猫の隣に舞い降りた。
猫はゆっくりと首を巡らせた。
「フクロウさんでしたか」
「いかにも。なんだと思っていなすったかね?」
「いえ、なんとも・・・なにかがいるなあとそれだけ」
「ほっほ。それはまた豪胆ですな」
一匹と一羽はそれだけいうとまた月に目を戻した。
「呼ばれた理由はわかりましたかな?」
月と紫の空はしんしんと一匹と一羽を包んでいる。
梟がしみじみと問うと、猫は首をかしげた。
「さあ? ただ・・・」
黄色い虹彩に縁どられたつややかな黒目を梟に向けて、ふんわりと笑った。
「ただ、呼ばれたような気がしただけですから」
月は尚白く。
粉雪は粛々と降っている。
そんな森の夜。